不定形な文字が空を這う路地裏

昨日18:11ごろ駅裏の人気の無い通りで奇妙にゆがんだ男の声を聞いただろう









昨日18:11ごろ駅裏の人気の無い通りで
奇妙にゆがんだ男の声を聞いただろう
奇妙にゆがんだ男の声は奇妙に澄んでいて
お前はどうしていいか分からなくなっただろう
あいつの歌声は夢の中まで届くよ
あいつの歌声は夢の中まで潜り込んでくる
その後お前はどうしたんだい、奇妙に澄んだ声に興味を持って、歌が終わるまでそこに立ち尽くしたか?それともそいつのあまりのゆがみ具合に恐れをなしてその場を離れたか?
始めに言っておくが正解は無い
逃げようが居座ろうが
これから起こることにたいして違いは無いんだ、まずお前は眠れなくなるよ、そう、今晩あたりから
眠れなくなって、無理に眠ろうとして明かりの消えた部屋の中で目を閉じると、おかしな想像ばかりするようになる―それも奇妙に現実と少し触れるような奇妙な妄想ばかり
それはお前をかなりおかしなところまで連れて行こうとするぜ、それはお前を引くことが出来ないかもしれないというような不安の中へ澄ました顔をして連れてゆく、最初のうちにこれはどこか変だということに気づくことが出来たなら―睡眠への希望はその場で捨てることだ、それは必ず選択しなければならない、これは絶対に聞いておいたほうがいい、でないと檻の中だぜ―病院か刑務所の
笑い飛ばすのは後にしてもう少し聞いてくれ、三年前の同じ日、同じ時間、俺は同じ場所で同じ男を見た
それから一週間後、不眠症と診断された俺は睡眠薬を処方してもらい通常の倍の量を飲んで眠ったんだ
それから三日間記憶が無い―気がついたときは見知らぬ山奥で二人の女の死体を引きずっていた、どちらも会ったことのない女だった―二人の女の首筋には同じ細工を施された柄のナイフが突き立てられたままになっていて、血はその刃の透間から湧き水のように少しずつ洩れていた、俺はその血を何度か飲んだらしい―唇にべっとりとした感触があった、まるでフランス料理のソースだけをひたすら舐め尽くしたみたいにさ―意識が目覚めても俺の身体は俺の自由にはならなかった、俺は林の途切れるところまで歩くと、深い深い崖の上から二人の死体を投げ落とした、死んだ人間の身体というのはとんでもなく重いぜ…重量とか、そんなこととは違う重さが中には詰まっているんだ、二人の女はあちこちにぶつかりながら深い闇のそこへ落ちていった…ああいうものは音も無く落ちるんだな
俺はそのままそこに突っ伏して眠った、次に目を覚ますと廃墟らしき建物の中に居た、窓が打ち付けられているらしく、明りらしいものはほとんど入ってこなかった―ポケットを探るとライターがあったので火を点して辺りを見渡してみた―広かった、とんでもない広さだったよ、エカテリーナのお屋敷みたいさ
中にはほとんど何も残されていなかった、閉ざされた天窓の下に椅子がひとつあったくらいで…俺はその部屋を隅々まで巡り、倉庫のような場所でマグライトを見つけた、スイッチをひねってみるとちゃんと点いた…それでもう一度部屋の中を歩いてみるとある一隅に天井へ伸びている梯子を見つけたんだ、天井には蓋があって少し開いていた、天井は恐ろしく高かったが何故だか俺はまったく不安を感じずに…その梯子に手を伸ばして上ったんだ
しばらく上ったよ、こんなにも時間がかかるのかというくらい…上っている間に別の次元に飛んでしまうんじゃないかというくらいにね―天井の蓋を外して潜り込むと、そこにはこれまたがらんとした天井裏があり、もうひとつおそらく屋根に出るのだろう短い梯子があった…俺はそれを上り、蓋状の扉を開けて屋根に出た、そこには屋根よりほんの少し高い枝に引っかかったふたつの骸骨があった、そいつらの身に着けている服には見覚えがあった…頚骨に挟まるように刺さっていたナイフにも
俺は時計を見た、最後に確認したときの日付から一年が過ぎていた…俺は屋根を下り、元の部屋に戻った、頭が締め付けられるように痛んでいた
マグライトを照らして出口を探した、とにかくそこから出なければいけないと思って…自分になにが起こっているのか早く知ることの出来る場所に行きたかったんだ…そこがどこなのかなんて少しも思いつかなかったけれど―が―出口はどこにも無かった、俺の言ってること分かるか?その建物には出口がひとつも無かったんだよ―すべての扉と窓は打ち付けられていた…そこで俺はもう一度屋根に上り―あらゆる関節に痛みを覚えながら―下りることの出来るような場所があるかどうか探してみたがそんなものはどこにもまったく見当たらなかった、そもそも屋根まで上るのに途方も無い時間がかかるのだ…俺はふらふらになりながらまた部屋に戻り、打ち付けられた窓を壊すようなものが無いかと倉庫をくまなく探してみたが、まったく役に立ちそうなものは見当たらなかった、ひとつだけあった椅子は腐っていて、手に取るとぼろぼろと崩れた
そうこうしているうちにマグライトの電池が切れる…再び訪れた暗闇の中で俺は天地がゆがむような錯覚に陥る―いや、あれは、本当にゆがんでいたのかもしれないな―ふたつの骸骨が天井の上でカタカタと笑い、俺はまたしても意識が引っ張られるのを感じた…


で、気がついたのが昨日で、お前の前にいたってわけさ―昔どこかで聞いたことのある歌を唄いながらね―今日もここで会えるなんて思わなかったよ、いやあ、あのままだとまたお前にバトンを託すだけになっちまうからね、もしもう一度会えたらいいななんて思いながら待ってみたんだけど…なあ、どちらかを選べなんて―始めはああ言ったけどさ、よく考えてみりゃどちらを選んだところで行き着く先は同じかもしれないんだよな―なにかこう、逃げられないもんなんじゃないのかなって、話し終わってみるとそんな気がするんだ…だってそうだろう、眠らないでいることなんて到底無理じゃないか…?巻き込んじまったのは申し訳ないと思うが、でもこれは俺にはまったくコントロールできない事柄なんだぜ…俺に向かってそんな顔をされても俺だって困っちまうよ…


…っていう話を数年前にここで話してくれた男が居たんだ、そいつの顔は奇妙にゆがんでいてね…おや、あんた、どうしてそんな奇妙な顔をしているんだい…あ、もしかして俺の顔はあいつと似たようなことになってしまっているのかな、ああ―参ったな





俺の場合は何にも覚えていないんだよね……

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