不定形な文字が空を這う路地裏

あらゆるものが性急なスピードでこぼれ落ちていく







狂ったのは俺のせいじゃない、ただほんの少し、運が悪かっただけ…シンクの中に今日食ったものをあらいざらいぶちまけてから、頭の中に蜃気楼のように浮かんだのはそんな言葉だった、それが、真実なのかどうかなんてどうでもよかった、それには、コンビニで流れるヒット・ソング以上の価値はなかったのだ、蛇口をひねって、いっぱいにひねって、水流がすべてを洗い流すのを待った、詰まるだろうか?固形物はほとんどないと思う、詰まっちまったら…そのときはそのときだ、それは今考えることじゃない、それは今考えるべきことじゃないぜ…床にへたり込みそうな身体を無理矢理起こすと目眩がした、だけど立てないほどじゃなかった、出すものを出してしまった今、寒気の他にひどいものはもうなかった、蛇口からほとばしる水を両手ですくって、口の中をゆすぎ、それから水を飲んだ、信じられないくらい美味いと感じた、蛇口から直接水を飲むなんて何年振りだろう?それは信じられないくらい美味かった、少し呼吸を落ちつけてからシンクに顔を突っ込んで蛇口から落ちる水をそのまま受け止めて飲んだ、それはピンボールのようにすぐに俺の胃の中に落ちてきた、俺は床に腰を下ろし…両手で顔を拭った、なにもかもがぐっしょりと濡れていた、顔も、手も、服も…あるところまでは雨で、あるところまでは水道の水だった、今は、そのことが気持ち良かった―水が―激しく流れていた水が一瞬、結核持ちの咳のようにもどかしく絡まり、それから、獣の咆哮のような低音を響かせて落ちていった、ほんの少し、なにかが引っかかったのだろう…だけど、もう心配はないようだ、俺は水を止めた、真夜中の静寂がキッチンに訪れた、シンク台にもたれて座りこみ、天井を見上げた、蛍光灯が真っ直ぐなオシログラフのような音を立てながら輝いていた、その瞬きの中に様々な幻を見た、それは例えばこれまでに関することだった、日頃忘れている癖にある瞬間に突然昨日のことのようにありありと思い出す、そんな出来事の群れが次々に現れては消えていった、それは限定された走馬灯のようだった、つまり、俺の限定されたいくつかが死を迎えようとしているのだと俺は解釈した、俺は蛍光灯を見つめて…死体になるのだろうか、と考えた、今ではない、それはもちろん今ではないが…まるで死を学んでいるみたいな瞬間だった、そう思ったのだ、まるで、死を体験しているようだと…身体が落ち着いてくると、湿気がまとわりついてくるのが判った、ゆっくりと身体を起こし、リビングに向かった、エアコンのスイッチを入れて…最近エアコンってタイトルの詩を書いたっけ…?ああ、書いた、確かに書いたな、だけどそんなこと、思い出す必要なんてないじゃないか…ただ、エアコンのスイッチを入れただけのことで…!ソファーに横になると、そのまま眠れそうな気がした、様々なことが手つかずで残っているが、もう、動く気力がなかった、合成レザーの感触に身を委ねて…乾き始めた汗に安堵しながら短い夢を見た、中身は覚えていない、ただ木蓮の枝のような蜘蛛が出てきた、それがゆっくりと俺に近寄って…蜘蛛の出てくる夢をよく見る、そういう夢では決まって、俺は満足に身体を動かすことが出来ず、にじり寄ってくるそれをただ見つめている…何かを暗示しているのだろうか?だけどそんなことが判ったからって何だというのだ?それは俺の見た夢に違いないが、俺の人生について夢にとやかく言われる筋合いはない…夢と現実とは交わらないものだ、そう決めておいた方がややこしくなくていい―もう一度眠ろうとしたがまるで眠れなかった、ウンザリした、そういうことが当たり前のように訪れる、満足に眠ることなんかろくに出来ない、俺はソファーを抜け出した、どうせ起きてしまったのだから、きちんと寝自宅を整えてベッドに行こう、そう思った、洗面所に行くと夢の中から抜けだしてきたらしい例の蜘蛛が居て…俺を見ると手招きをするように前脚をいくつか動かした、歯を磨いてもかまわないか、と俺は問いかけた、蜘蛛は俺の邪魔をしないように脇へどいた、俺は蜘蛛を見ながら歯を磨いた、俺が口をゆすいだ水を吐くたびに、蜘蛛は少し洗面台から距離を開けた、きっと水があまり好きではないのだろう…タオルで顔を拭いて眠るよ、と話しかけようとしたが、もうそこに蜘蛛は居なかった、何をしに来たんだ、と俺は思った、夢と現実の境界線の解釈について、俺に講釈でも垂れるつもりだったのか?俺はベッドに横になった、蜘蛛は天井に居た、そして俺の顔めがけて降下してきた、そんなのあまり気分のいいものじゃない…俺は逃げようとしたが遅過ぎた、顔に…張り付くかという瞬間にそれは消えた、畜生、と俺は毒づいた、頭の片隅で何かがカチリと音を立てた、それが鳴り終わる前に俺は眠りに落ちていた…。

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