じくじくと混濁した記憶の僻地を彷徨いながら、砂地に染み込む汗の色はすべて昨日だ、それを砂漠と言うのなら多分そうなのだろう、均等に塗り潰した空白の羅列だ、歩き続けた膝は震えていた、疲労なのか、怯えなのか、どちらとも言えなかった、仙人掌のように林立する適わなかった者たちの適当に切り刻まれたオブジェ、いつまでも滴りながら陳列されている、このあたりには生物は存在しないらしい、これほどの餌が並んでいるのに涎を啜る音ひとつ聞こえてきはしないのだ…
少し隆起したところに俺は腰を下ろした、朝なのか昼なのか夜なのか、明け方なのか暮れ方なのか判らない朦朧とした空、林立する死体、砂…すべての景色を見飽きていた、そしてそれはどれだけ待っても、どれだけ歩いても少しも変化する様子を見せなかった、立体的にプリントされた風景の中を歩いているみたいだった、ともすればそう思い込んで、現実と虚構の一線を踏み外していただろう、それほどに釈然としない連続だった、時折吹く風と、それが引き摺ってくる生臭い血の臭いがどうにか現実を繋ぎ止めていたのだ
思考は意識的に遮断されていた、何かに気づくことを避けているみたいだった、畏怖から身を隠す猫のようにじっとしていて…わずかな予兆も取り逃すまいと緊張を維持し続けていた、でも、やがて訪れるのかどうか判らないその畏怖が、果たしてどういう種類のものなのかということについては皆目見当もつかなかった、そしてそれが本当にやってくるのだろうかということも、だから可能な限り、張り詰めていなければならなかった、油断してはいけない、そのことだけははっきりと判っていた
それは戦争なのだろうか?武器は何も持っていなかった、短刀すらもなかった、物質的に殺すには多大な苦労を強いられそうだった、戦争ではないのだ、少なくとも、数を要求される殺し合いではないのだ、殺す必要がないのか、それともあるのかについてはやはり判らなかった、なにも腑に落ちない、何の為にここに居るのか…その答えを求めるのはどうも無駄なことらしかった、だからとにかく留まらないことを考えて、少なくとも自分の位置を動かそうとしていたのだ、それが現実ならば、必ず景色は変化するだろう、それがどれだけの規模なのか、今知りたいことはそれだけだった
実際途方もない消耗には違いなかったが、消耗だと思えば動けなくなりそうだった、だから経過であり状態だと思うことにした、状態…自分自身をマッピングして、記号的に理解するのだ、記号的に理解していれば、ポイントの位置が変わるだけでダメージには変換されない、あえて言葉で表現するならそんな状態だった、もちろんそれはすでに麻痺しているのかもしれなかったし、あるいはもっと末期的な状態なのかもしれなかった、だけどそんなことを思わせる肉体的な兆候は特になかったし、特別探ってみる必要も感じなかった、だからそれはもう何もないということでかまわなかったのだ
絶対的な静寂はノイズのように騒がしい、むしろ、絶対的なノイズの方が静寂としては正しいのかもしれないとそう思えてくるほどだった、静寂が脳味噌を掻き回していた、それが描き出す脳漿の渦が、ヴィジョンとして見えてきそうなほどだった、掻き回し…その流れに乗って底に沈んでいた何かが浮かび上がってくる、それは例えるなら標的の居ない呪いのようなものだ、握り潰された球体のようないびつな形、ゆがんだ形、頭蓋骨のように浮かび上がって渦の中心に現れ、そしてまた沈んでいく、確かめる必要はなかった、それがなんなのかということだけはよく判っていた、それは沈んでしまってかまわないものだったのだ、少なくとも今は…
それは生命の本質であるような気がした、本質というのは、得てしてただそこにあるだけとしたものなのかもしれない、景色のようにただ淡々と目に映るだけのものなのかもしれない、それを認めたがらない強情っぱりどもが、美しい旋律を貼り付けたりこましゃっくれた言葉を貼り付けたりするのだ、まるで無数の出来事が書かれているような顔をして白紙のページを凝視しているのだ、彼らは空虚が怖ろしいのだろうか?存在の本質に理由があるのなら、存在にはもう存在する意味などないのではないだろうか?すでに書き尽くされたページに、新たに何かを書き足そうと考える者などいるだろうか…?
何もないからこそそれは成り立つのだ、平坦な砂地だからこそ、そこに何かが起こるだろうと考えるのだ…
俺は目を開いた、住み慣れた部屋がそこには在った、少し遅い朝で、机の上には書きかけの文章が待っていた。
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