不定形な文字が空を這う路地裏

河原











角膜を狙うみたいに伸びた名も知らぬ植物が群生する
土に還らないものたちで溢れた河原に俺は居たんだ
晴れるのか雨になるのか
判らないままに暮れた不断な9月
無作法を美徳とするのが得意な誰かのニコチンがくすんだ空に追い討ちをかける
(子供のうちに済ましておかなくちゃいけないことだぜ)
(子供のうちに済ましておかなくちゃいけないことだ)
昔はこいつらも大人しくせざるを得ないくらい
ここには水が溢れてたらしいよ
「安泰のためには他を犠牲にせざるをえない―そんな生き物がたくさん生まれたんだ、呑気な大動物が死に絶えた後にさ」
それを俺にどうにかしろって言うのかい?
俺はやつらを掻き分け、小さな地蔵を探す
「地蔵を探しているのかい」
やつらは言う―知っているんなら教えてくれればいいんじゃないか?
「あんたは自分で見つけたいのかと思って」
そんなことに驚喜する歳じゃない、もう
「喜び驚くことに年齢的な決まりなんかないよ」
おりから吹き始めた風に心地良さそうに揺れながらやつらは言う、言ってろ、と俺は返す
「俺が生まれたときには世界はそんな風に動いてたんだ、もう」
「それであんたはそのことについてどう思うんだ?」俺は無視する
小さな地蔵、赤だか青だか…もう今は色褪せているだろう涎掛けをした…「なあ、答えろよ」俺は手を止めて立ち上がる
「俺に何を言わせたい…?」「別にあざとい事は考えてはいないよ」風が強くなる、ああ、この空気―このいじけた無能な男のような湿気はいつまで続くんだろう―?
何かを言わせようなんて企んじゃいないよ、ともう一度やつらは言う
俺は身を沈めて黙って地蔵を探した
あのころ目印にしていた堤防沿いの小さな木は
道路拡張とやらですっかり抜かれてしまったんだ―「メリー」そう呼ばれてる木だった、枝振りが山羊に似ていたとかいう理由で
あの木に名前をつけたやつは今頃どこで何をしているんだろう?
「母親は長いことここには来ていないよ」俺が確実に聞いているだろう事を見届けてやつらは続ける…俺が聞こえない振りをすることもお見通しってことか
「最後に来たときは地蔵の足元を蹴っ飛ばして帰っていった」
俺は黙ったまま眼を凝らして奴らの足元を掻き分けていた、くそ、どこに居る―このままじゃ河に入っちまうぞ「もう流れてしまったのではとか考えたりしないのか?」俺は黙って足元を漁った
あった
涎掛けはなくなっていたし、右手は砕けてなくなっていた―それでも、運命を刻み付けたような視線はそのままで―「みさこちゃん」と俺は思わず口に出す「見つけたか」「ああ、見つけた」俺は地蔵を抱いて立ち上がる
「どうするんだ」「連れて帰るよ」「連れて帰る―?」やつらは風もないのに揺れる
「連れて帰ることにどんな意味がある…それはここに奉るために削られた石だ、お前の元においたところでみさこが報われるわけじゃない」
だったらなんだ、と俺は反駁する
「報われなければ意味がないか?満たされなければ意味はないのか?俺はこいつを連れて帰るために来た、それをしてなにが悪い?報われるためにこいつを連れて帰るわけじゃない」
ふふふ、と揺れる植物
「お前はお人好しだ―ついでに時代遅れだ」
ぺっ、と俺は奴らの足元に唾を吐く「なあ、連れて帰る前にもうひとつ聞いていきな」
俺はみさこを抱き立ち尽くす
「そいつの父親な…ここで自害した―三年前の事だ」
「そいつにもたくさん父親の血が跳ねた、首を裂いたんだ、丁度お前が立ってる辺りでな…雨風が痕跡を綺麗に消し去ったが、もちろんそれですべてが終ったわけじゃない…俺らには見えるよ、弱った虫のようにそいつにまとわりついている禍々しい概念とでも言うべきものが」
「きっと、そいつの死の原因は父親だぜ…でないと、そんな風に執着したりはしない―しないはずだ」
心得たように風が強く吹き、止まる
「どうする、お前それでも連れて帰るか?」
俺はジャケットからジッポを取り出し、火をつけて翳してみせる「なぁ、もう一度質問したら、お前ら全部燃やしちまうからな」
やつらは沈黙した
俺はみさこを連れ、車までの長い道を、昔は川底だった湿った土の上を歩く…
血の味を蒸し返すみたいに植物は一度騒いだ

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