*内藤裕子作・演出 公式サイトはこちら 横浜の県民共済みらいホール、相模原南市民ホールを経て、20日北とぴあ つつじホールにて終了
2014年の初演(blog記事)は、読売演劇大賞優秀作品賞ならびに優秀主演女優賞(高林由紀子)、鶴屋南北戯曲賞ノミネートの高評価を得た。一部新しいキャストが加わり、「プラスワン企画」として6年ぶりの再演となった。
2014年の初演(blog記事)は、読売演劇大賞優秀作品賞ならびに優秀主演女優賞(高林由紀子)、鶴屋南北戯曲賞ノミネートの高評価を得た。一部新しいキャストが加わり、「プラスワン企画」として6年ぶりの再演となった。
初演のとき、いったい自分は何を観て何を考えていたのかと困惑するほど新鮮で確かな手応えを得た。初演で疑問に思ったことや、しっくりこなかったことに対する納得や理解、当時はまったく思いが及ばなかったことへの気づきもあり、豊かな観劇体験となった。
新しいキャストは、杉田家の次女順子役のさとうゆい、近所の梨農家の長男秀一役の諸岡貴人である。さとうは内藤とともに主宰をつとめる演劇ユニットgreen flowers(以下グリフラ)の劇作家・俳優であり、内藤の盟友である。諸岡はグリフラの代表作『かっぽれ!』シリーズ(1,2,3,4)の常連で、いずれも内藤の戯曲、演出に親しみ、鍛えられ、創作の労苦を共有してきただけにまったく違和感なく舞台に溶け込み、本作の布陣が盤石であると同時に柔軟性があることを示している。
杉田家長男の茂夫(山崎健二)は、義妹の文江(高林由紀子)と話すとき、うんとかああとか、肯定か否定かもわからない曖昧な受け答えをする。台本にどう記されているのか知りたいほどで、茂夫が言葉にできない思いをたくさん抱えていることはすぐにわかる。
一方で文江はじめ離婚して高校生の娘佑香(牛尾茉由)と杉田家で暮らす長女の孝子(谷川清美)、嫁いで東京に住む次女順子(さとう)、農業が好きで茂夫ともウマの合う三女敦子(馬渡亜樹)はひっきりなしにしゃべることしゃべること。しかしこれだけしゃべっていても、亡くなった父についてずっと我慢してきた敦子の思いが爆発してしまう。
わさわさした日常会話がふとしたきっかけで人々の心に突き刺さる激しいやりとりになる辺りの勢いは土屋理敬の作品を思わせるところもある。しかし少しばかり特殊な事情はどの家族にもあり、これならば普通の家庭という基準はないわけで、何気ない日常生活は、その裏の複雑な事情や、関わる人々の思い(その多くは口に出せない)によってようやく営まれており、そのあわいの様相、綻びが露呈しては繕われていること、昨日と同じようだが少しだけ違う今日が始まる日々の営みが描かれているところが本作の魅力である。
孝子と順子は敦子の行く末を気にしており、茂夫が連れてきた梨農家の長男秀一に色めき立つ。家族構成や仕事のことなど一切の遠慮なくズバズバ質問し、彼も素直に答えているから不思議である。このあからさまな「妹の相手に!」という姉たちの前のめりは、やはり彼を敦子の相手にと考えていた茂夫の遠慮や配慮などをぶっ飛ばす。無神経や鈍感は、時として相手の心を正面から突破する力になり、逆に遠慮や配慮が人を傷つける場合もあることをさらりと示す場面である。
公演チラシにも記された「でもきっと、今日はそういう日だったのよ」は、前述の敦子の爆発のあとの文江のひとことである。いつも通りの日々のなかに、大げんかして泣いたり怒鳴ったり、相手を傷つけて落ち込んだりする「そういう日」があって、暮しが続いていく。文江の言葉は達観であり諦観であり、生活の知恵であり、夫を亡くしてその実家で義理の両親を10年介護して見送り、茂夫の思いを知りつつ、義理の妹としてともに暮らす日々の実感ではないだろうか。
ラストシーン、杉田家の居間を飾るの萩の花である。実家から株分けして、東京の弟一家の庭でも咲いてくれた萩の花は、文江の夫、三姉妹の父、そして茂夫の大切な弟の存在を象徴するものであろう。花言葉は「思案、内気、柔軟」だそうで、これは茂夫の気質そのものではないか。これがシェイクスピアなら文江と茂夫、敦子と秀一の二組合同の結婚式が賑やかに行われるだろうが、内藤裕子の劇世界は観客にさまざまなことを想像させるままに幕を閉じる。来年も再来年も萩の花が咲きますように。杉田家の人々と客席の思いが劇場を静かに満たす。
偶然かもしれないが、今回の新キャストによる役柄について、初演観劇時思いが及ばなかったことがある。まず妻の実家を避ける夫と息子の居る家へ、母が作ったおはぎを山ほど持たされて戻る次女の順子の気持ちである。苦手だと言って、夫も息子もおはぎには見向きもしない。キッチンテーブルでひとり黙々とおはぎを食べ続ける順子を想像すると、やはり胸が痛む。遊びに来た息子の友だちが平らげてしまった…などということがあればいいのだが。次に、登場するや敦子の花婿候補にされた秀一は、敦子とひとまずはいい友人になりそうだ。物語の今後を担う重要な人物であり、いい人過ぎると凡庸であり、かといって作り込みを示すほどの出番がなく、むずかしい役どころである。しかしこの役には案外と伸びしろがあり、それをあざとくなく控えめに、しかし確かに見せることができれば、本作の味わいを深めることができるだろう。
演劇集団円・プラスワン企画とは、「本公演と一線を画した、新たな試みとしての活動で、所属する俳優・演出家たちによる柔軟な企画と、演劇集団円がそのバックアップとなり創造と発信が交わり、新たな+1が生まれるよう位置づけた企画」(延期された同企画『三人姉妹』公演チラシより)である。今回の『初萩ノ花』再演は、+1が3にも10にも発展する可能性を示すことに成功した。観客にとっても嬉しい企画である。これからもぜひさまざまな+1が生まれることを願っている。
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