『メリーさんの羊』を上演する会スペシャルイベント 下北沢小劇場「楽園」11月3日のみ 本編上演は4日で終了
別役実の『メリーさんの羊』は、中村伸郎、三谷昇、井出みな子(たしか当時は伊東みな子さんと名乗っておられました?)で1984年に渋谷ジャンジャンで初演され、1989年までに5演を重ねた。中村が亡くなってからは駅長役を三谷が引き継ぎ、山口真司、井出みな子の配役で2000年にジャンジャンの閉館公演で再開、昨年から井出みな子が岡本瑞恵に変わって今年で12年を迎えた。主演の三谷昇が80歳になったのを区切りに、今回の公演で最後にするとのこと。いつもは若者でにぎわう「楽園」に、これほど多くの年配客が列をなすのはめずらしい光景だ・・・。
自分は本作を中村伸郎、三谷昇とそれぞれ2回ずつ観劇しており、別役作品のなかではもっとも親しんだ大切な舞台だ。劇作家別役実と名優中村伸郎による劇世界をみることができたのは、自分の演劇歴においてほかの何物にも替えがたい宝石のようなものであり、いつまでも忘れることはできない。今日は『メリーさんの羊』にお別れをしにいこう。どうしても湿っぽい気分になるけれども、テーブルの上を模型機関車が走るあの風景をみておきたくて、チケットを予約した。
この日上演が終わったばかりのステージはそのままに、演出家山下悟の司会進行で、三谷昇、岸田良二(初演から2000年まで?演出を担当)、舞台美術のどなたか(すみません、お名前を失念しました)が登壇され、『メリーさんの羊』初演時の録画をみながら思い出を語ってくださった。画像の状態はあまりよくないが音声は鮮明だ。駅長服を着た中村伸郎が登場して呼笛を吹き、「停まれって言ったら、停まるんだ、馬鹿」。ああ、あの声だ。懐かしさがこみあげる。
先月亡くなった俳優大滝秀治を追悼して、NHKハイビジョン特集「全身“役者魂”大滝秀治~84歳執念の舞台~」が再放送された(10月23日放送。本放送は2010年1月23日)。
2009年夏から秋にかけて、当時84歳にして別役実の新作舞台『らくだ』に挑む大滝秀治の奮闘を描いたものである。決して妥協せず、老いたからだや台詞がなかなか入らないもどかしさと闘いながら演出家にくらいつき、後輩の俳優と毎日自主稽古を繰りかえすすがたはまさに執念の塊である。非常に感銘をうけ、ますます大滝さんが大好きになった。もうこの世にいらっしゃらないことがいっそう淋しい。
しかしひとりの俳優の情熱、大勢の人に愛された名優の軌跡だと過度にセンチメンタルな捉え方に終始せず、もっと大きく、深い問題が内在していることに目を向けなければならないだろう。番組は、別役実の作品を「不条理演劇」というおおざっぱなくくりで提示し、「不条理演劇は明確なストーリーやドラマがない。とりとめのない会話や無意味な行動で話が展開する」と解説する。時代や場所の設定が不明で、とっぴょうしもないことの連続がまさに不条理演劇だという捉え方がまず問題なのだが、これについてはひとまずここで置く。
大滝さんの葬儀で弔辞を読んだ倉本聰が、ドラマ『北の国から』撮影時に「ロケ地を歩いては、そこで働いている地元の人に帽子やジャンパーをくださいと頼んでいた」と、そのリアリティ追求の徹底ぶりを紹介していたが、別役作品においてこういった方向の役作りは有効ではなく、ベテラン俳優をして「(台本を)いくら読んでも頭に入らない」「何が何だかわからない」と困惑させるのは無理からぬと思われる。むずかしい、わからないとしきりに訴える大滝に、稽古場を訪れた別役実が茫然とする図が象徴するのは、リアリズム演劇の身体性と、そうでない演劇(あえて不条理演劇と限定しない)の文体が対峙するさまである。
背景や意味などは考えず、電信柱だけがある舞台にたたずめばそこから別役の劇世界が生まれると客席の自分は思う。別役実の文体を身体になじませ、体現するのはむろんたゆまぬ努力や工夫が必要だろうが、俳優と戯曲の根本的な相性、もともと俳優がもつ個性や身体性なのだろうか。
~だんだん収拾がつかなくなってきた。このようにご飯つぶをこぼしこぼしのような文ではなく、もっとしっかり書きこまなければならない内容なのだ~
公式サイトによれば『メリーさんの羊』はこれから10年間は「休眠」するが、演出家山下悟、俳優山口真司、制作の高木由起子は三谷昇命名の「山の羊舎」という新ユニットを結成し、演劇活動を続けるとのことだ。『メリーさんの羊』に出会えたことを感謝し、単なる思い出にしないでさまざまなことを考えながら、新しい舞台を楽しみに待ちたい。
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