*永井愛作・演出 公式サイトはこちら 東京芸術劇場小ホール1 3月27日まで そのあと4月30日まで全国を巡演
さまざまな事情で離婚、あるいは非婚を選んで子どもを育てる母親たちが、児童扶養手当の削減凍結のために奮闘する姿を描いた永井愛の新作。タイトルはズバリ『シングルマザーズ』。
ガラス窓が古さをいよいよ感じさせる木造アパートに彼女たちの拠点「ひとりママネット」の事務局がある。それぞれ仕事を持ちながら可能な限りそこに集まり、電話相談やかけこみ相談に応じ、デモや署名の準備、ママたちの交流の催しに余念がない。物語は小泉政権下の2002年母子寡婦福祉法改正から、2007年支援削減凍結に持ち込むまでを描く。
休憩をはさんでちょうど2時間のあいだ、緊張のゆるむところはまったくなく大いに楽しんだ。登場するシングルマザーたちのそれぞれの事情も会話のなかにうまく折り込まれていて理解しやすい。主演の沢口靖子はほんとうに誠実な演技で好ましく、根岸季衣はベテランらしい手堅さで舞台を支え、オーディションで選ばれたハイリンドの枝元萌、玄覺悠子も伸び伸びと好演して客席を沸かせる。こういう物語の場合、男性は非常に旗色悪く描かれることが多いが、ただひとりの男性吉田栄作が、「妻をシングルマザーにしてしまった男」として、この人物の居心地の悪さ、後ろめたさや悩みを複雑に演じて、舞台に奥行きをもたらす。
本作執筆のきっかけは、二兎社で制作をつとめる女性がシングルマザーであり、この方が母子加算の復活を求める新聞の投書や院内集会で児童扶養手当の削減方針を撤回するよう求めている姿をテレビニュースで永井愛がみたことだそう。身近な人がこんなにも必死で活動している。「それやこれやの出来事が、私に『書け』とささやきました」(公演チラシより)。永井はNPO法人しんぐるまざーず・ふぉーらむの活動を綿密に取材し、多くの家庭の様相を4人のシングルマザーたちの姿に作り上げた。生活の大変さがただごとではないことを知る一方で、互いに支え合う熱いネットワークに心を動かされたのだという。その作者の「書きたい」という思いが熱く結実した舞台である。その思いを客席もしっかりと受けとめ、劇場は温かで優しい空気が溢れ、大変充実した時間を過ごせた。多くの人が共感し、触発されるであろう。知人友人にも勧めたいと思う。
しかしその一方でことばにしづらい違和感があるのだった。2010年春上演の『かたりの椅子』(1,2)を、自分は大変興味深くみたのだが(因幡屋通信35号に劇評掲載)、観劇のさい俳優の声や演技がいささか大きすぎるように感じたのだ。それは上演したのが世田谷パブリックシアターで、劇場の大きさを考えるとこのくらいのボリュームになるのは致し方ないのだろうと推測したのだが、今回の『シングルマザーズ』上演の東京芸術劇場小ホールにおいても同様の印象をもったのだ。小ぢんまりした劇場である。ここまで声を張り上げなくてもじゅうぶん聞こえるのだがなぁと思うのだ。2月18日朝日新聞に本作の紹介記事が掲載されており、永井愛が「演劇言語としては弱いと言われる日常の言葉を、どうやったら劇的な言語にできるか、それを探ってきました。ホームドラマと軽く見られがちですが、誰もが根本に抱える『生活』というものを描き続けたい」と語っている。「演劇言語」と「劇的な言語」についての認識が、自分が考えているものと微妙に異なるように思えるのである。シングルマザーズたちの台詞は日常のことばである。しかし彼女たちはそれをこちらの感覚からすればそうとうな大声で発している。これは言語うんぬんはさておき、演出の問題でもあるのではないか。
本公演は全国巡演を含めると2か月以上も上演されるため舞台の詳細は書けないが、前述の自分の感覚をもっとも強く感じたのは、終幕に沢口靖子が元夫と電話で話す場面においてであった。沢口は離婚から数年経てもなお、夫の暴力による心の傷が癒えない。その元夫からの電話に勇気を振り絞って話に応じようとする。受話器から漏れ聞こえるのは元妻を罵詈罵倒するどなり声である。何を言っているのかはほとんど聞き取れないが、相手をまともな人間として尊重する姿勢など微塵も感じられず、この男性を変えさせることも歩み寄ることも絶望的だと思わせるにじゅうぶんであった。電話の声は耳を澄まさないと聞こえないくらいの音量であるにも関わらず、それほどの効果を客席に示したのである。音量だけでなく、微かに聞こえる口調は、舞台の登場人物たちのものとは明らかにことなった、まさに日常の言語の息遣いが感じられるものであり、自分はその聞こえにくい声に心底震え上がった。まさにこれが日常であり、現実なのだ。作者が「日常の言葉を劇的言語に」と目指している姿勢に対し、何とも皮肉な劇的効果ではなかろうか。
舞台狭しと駆け回るシングルマザーたち、そのなかで居心地悪そうに右往左往する吉田栄作、そして受話器からモンスターのごとく襲いかかる元夫。それらすべてが自分に「もう一度見ろ」とささやいた。1ヵ月後、家族を誘ってもう一度出かけることを決めた。
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