studio salt第17回公演『八ＯＯ中心』

＊椎名泉水作・演出　公式サイトはこちら　八ＯＯ中心　詳しい地図　週末金土日の公演を27日まで（1,2,3,4,5,6,6`,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16）
　タイトルは「はちまるまるちゅうしん」と読み、上演される会場は横浜・中華街延平門（西門）から数分、食材店のあるビルの4階、その名も「八ＯＯ中心」、会場の名前がそのままタイトルになっている。
　開演20分前に受付がはじまって開場するが、俳優はすでに板付きになっているので、できれば早めに入場されることをおすすめします。

　ビルのワンフロアの奥側が演技スペースで、客席はそれを二方向からみる作りになっている。テーブルと椅子が数脚、窓際にはソファや小さな流し台があり、何かの事務所らしい。舞台に緞帳がなく、上演前から舞台の様子がみえる趣向の場合、家具調度や壁に張られたポスターや標語、額などに目を凝らすと、そこが何の空間か、どのような設定かをあれこれ考えるのはなかなか楽しい。青木豪の舞台はその典型であろう。
　しかしスタジオソルトの新作はポスターの1枚もなく、まったく予想のできない状態で観客を迎え入れた。板についているのは女性3人で、開演20分前からはじまるとりとめのない会話のなかで、彼女たち、やがてそこにやってくる人々が、若干特殊な設定の人物であることがわかってくる。

　さて本日初日の幕があいたばかりの舞台である。物語の流れや結末はもちろんのこと、設定を記すことも憚られるが、観劇前のうっかり満腹の眠気はまったく杞憂であり、休憩なしの1時間45分を集中して楽しむことができた。

　椎名泉水の作・演出によるスタジオソルトの舞台は、社会の弱者とまでは言わないまでも、自分の存在をじゅうぶんに認知、評価され、感謝されているとは言いかねる人々に対する冷静な視点、切ない共感、温かな愛情がにじみでるものが多い。
　仕事、生活、人生、生きがい、幸せ、誇り。
　ことばにすると政党のマニフェストのように、どこか歯が浮いたように抽象的な響きになってしまうのだが、どこにでもいそうな人々の日常の一角を丁寧に描写しながら、満たされない心や持って行き場のない悲しみ、それでも生きていくしかない人生を、むずかしいことばを使わず、独りよがりな表現に陥ることなく、まるごと抱きとめるように描かれる舞台は好ましい。
　本拠地である横浜を中心に熱心なファンを獲得しており、客席やロビーにはソルトを応援する温かな空気が満ちていて、多くの人に愛されている劇団であることがわかる。
　
　しかしながら、新宿や渋谷、下北沢などでしのぎを削る多くの劇団と互角に戦うには（それを劇団として目指しているなら、ということだが）、あとひといき何かが足りないという印象があり、それを的確に表現できないもどかしさを感じていたのも事実である。
　今回の『八ＯＯ中心』において、劇作家の筆致が以前よりも強く、したたかになったことを感じた。物語の流れや人物の配置、人物ひとりひとりに語らせながら劇ぜんたいを進行させる台詞のやりとりが巧みになった。ただそれでも今回の客席環境で1時間45分は少々つらく、もっと研ぎ澄ました会話、場面のつながりや流れをもうひといき工夫することは可能ではないか。

　椎名作品にはめずらしいのではなかろうか、今回は若干「どんでん返し」的な展開がある。
　そこで終わりかと思ったら、作者らしい優しさと温かさに満ちた終幕があって、非常に気持ちのいいお芝居になったのだが、もっと効果的に、しかし決してあざとくならない見せ方ができるのではないか。

　自分はこれまでみたスタジオソルトのなかでは、2007年初夏の『7』（なな）が最高傑作だと思っている。今回の『八ＯＯ中心』はそれを大きく超えるものではないが、働くこと、仕事が人生にもたらす希望と失望について少し違う視点から切り込んだものであり、劇団の今後の方向性をゆるやかだが確かに導く作品になるのではないか。

　前回の『ヨコハマアパートメント』と同じく、本作も週末に集中した上演を4週間つづけるというものだ。雨まじりの初日だったが、千秋楽のころには日差しが眩しい季節になっているだろう。
　そうなったら舞台の具体的なことも例にあげながら、もっといろいろなことを考えたい。