「鼓くらべ」~受け手として第二章へ~
飯島晶子、小磯一斉朗読 谷川謙作ピアノ 堅田喜三代小鼓
2024年初観劇は、主催も会場も初めてのところとなった。「幸せは声に宿る」をテーマに幅広いジャンルの文学作品の朗読を手掛けるヴォイスケ主催の飯島晶子、俳優、声優、朗読指導者として活動する小磯一斉の朗読に谷川賢作のピアノ、堅田喜三代の小鼓が加わった、「文学を奏でる」ステージである。
冒頭は飯島が客席へ新年と来場御礼の挨拶。続いて谷川賢作の父である谷川俊太郎の詩「あかんぼがいる」を朗読した。初孫(賢作氏の娘)が生まれて、いつもと違う新年の心持が綴られた詩である。賢作も「こんにちは赤ちゃん」を控えめなタッチで爪弾いて音を添える。素晴らしい詩であり、本主催の会の常連であれば、おそらくお馴染みの導入であったのかもしれないが、「鼓」に関する2作品を待ち構えている身にとってはいささか唐突な印象もあった。
第一部は「西行鼓ヶ滝」である。もとは能楽「鼓滝」、講談、古典落語の演目(Wikipedia)であるが、自分は今回が初めてとなった。チラシには石崎洋司「西行鼓ヶ滝」とあり、「講談えほん」(講談社)の同作であろうか。若き日の西行は、今の兵庫県有馬温泉近くの鼓ヶ滝を訪れて歌を詠むうち、夜になってしまった。翁、媼、孫娘が棲むあばら家に一夜の宿を借り、翁に所望されるまま、自信満々で披露する。ところがこの3人に五七五七七のほとんどを次々と直されてしまい、結果、調べの高い素晴らしい歌となった。次の瞬間、あばら家も翁たちも消え、西行は、「先ほどの3人は『和歌三神』に違いない」と確信し、自身の浅学を思い知り、恥じ入った。のちに「歌聖」と称えられた西行法師の修行道が厳しくもユーモラスに語られる様相に、客席の空気が温まってゆく。ぜひ講談や落語でも聴いてみたい。
谷川賢作のピアノと堅田喜三代の小鼓の競演、それぞれのソロ演奏も披露された。特に喜三代が麻紐を解いて鼓を分解し、構造を丁寧に解説して実演する様子は非常に興味深かった。
休憩を挟んで第二部は山本周五郎「鼓くらべ」である。本作は朱の会vol.3公演の群読を聴いて以来だが、「芸術とは何か、何のためにあるのか」という芸術、芸事の根本を描いた名作であることを改めて実感した。加賀国の絹問屋の娘お留伊は見目美しく、15歳にして優れた鼓の腕前を持つ。正月に金沢のお城で開かれる「鼓くらべ」に備えて稽古に余念がない日々、旅の老人と出会う。周五郎は音楽(芸術)は何のためにあるのかというメッセージを老人に語らせる。その台詞を目で読むと、あまりに真っ当でベタ過ぎるのでは?と感じるほどであるが、俳優の声で語られるとき、ことばの一つひとつが静かに心に染み入り、納得させられるのである。
老人はお留伊の鼓の調べから、その真の才を聴き取ったからこそ、敢えて彼女を諭したのだろう。ライバルの能登屋のお宇多なら、そうしなかったと思われる。
誰もが勝てると信じていた鼓くらべから、お留伊は身を引く。それは世間的な目でみれば、立身出世街道からドロップアウトしたことである。彼女はまだ15歳だ。紆余曲折を経た老人に比べて先は遥かに長い。芸術の真の意味を知って無心に鼓を打つ彼女が、これからの人生をどう生きていくのか。
子どもの頃、ピアノやヴァイオリンやギターなど、楽器を習った人は少なくないだろう。学年が進むにつれてクラブ活動や受験などでレッスンから遠ざかり、止めてしまうことも珍しくない。そんな中で芸術系の学校に進学し、演奏家にしろ指導者にしろ、プロとして身を立てられる人はさらに限られる。お稽古事なら優等生になれても、競争のための精進を続け、勝ち抜くためには、全く異なる才能と努力が必要と思われる。演奏の技術がどこまで向上するかだけでなく、人からの評価にめげず、大勢の人との競争に耐えられるか、その上で自分自身と向き合い、努力を続けられるか。そもそも音楽が好きでいられるかどうか等々、道は遠く険しい。
挫折はあるかもしれないが、お留伊はおそらくその道を歩める少女であったのではないか。天才である。だが老人は辛酸を舐めた人生において、本当の芸術に身を捧げられる人物を見抜く力を得た。こちらも天才だ。演奏する天才と聴く天才が出会ってしまったことが生み出した奇跡の物語。それが「鼓くらべ」なのだと思う。
飯島晶子と小磯一斉の朗読は正統的で端正、手堅い作りである。物語の最後にお留伊は「男舞」を打ち始める。喜三代の鼓の音は重厚でありながら清々しく気持ちよく、お留伊の打つ鼓の調べはかくあらんと舞台の空気を盛り上げ、引き締める。
客席の自分にとって、朱の会の「鼓くらべ」は忘れることのできない、大切な第一章であり、2024年新春に出会った「鼓くらべ」は、新しい味わいを持つ第二章となった。原作を再度読み返し、いつの日か来ると願う第三章に備えたい。
会場ロビーの美しい屏風
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