*公式サイトはこちら 新橋演舞場 26日まで
観劇を決めたのは初日明けてすぐ、十三代目片岡仁左衛門と孫の千之助が共演する『連獅子』をみた友人からのメールである。「脈々と続く&強固な意志で続けていく家の有り様がひしひしと伝わるような真摯な芸に、客席の『これを待っていた』という空気が沸騰寸前のように感じられました」。
これを読んで、見ないわけには。
千之助は2000年3月生まれの11歳である。2004年11月の歌舞伎座で、『お祭り』の若鳶千吉で初代片岡千之助を名乗って初舞台をつとめた。同時期、初舞台をめぐる片岡家の様子を追ったテレビ番組で、ご贔屓筋や関係者への挨拶まわり、いよいよ厳しくなっていく稽古の様子などが放映された。まだ4歳のやんちゃ盛り。友だちと思い切り走りまわって遊びたい、パパにもママにも甘えたいのに、お稽古がある。鼓だか太鼓だかのお師匠さんは非常に厳しく、「うん」の返事ひとつ許さない。
中村勘太郎と七之助きょうだいの成長もたびたびテレビ放映されており、微笑ましいエピソードや爆笑ハプニングの数々、ふたりともお芝居が大好き、歌舞伎座は我が家同様と自由闊達なすがたが印象に残る。千之助くんは中村屋きょうだいほど伸び伸びしておらず、いろいろなことを辛抱しながら必死で稽古や本番をつとめているようにみえた。両親、祖父母はじめ周囲の人々の期待、片岡家三百年の伝統を一身に背負う幼子のすがたに「宿命」が否応なくのしかかり、「可愛い、頑張って」というより「痛ましいな」と感じたことを思い出す。
それから数年、千之助は祖父とともに『連獅子』の舞台をつとめる。舞台に出てきただけで何をしても、何もしなくても「可愛い」と称賛される時期は過ぎた。
自分は舞踊に関してはまったくといっていいほど不案内であるから、いつもならイヤホンガイドが欠かせないのだが、今日は使わずにみた。そのため舞いや所作の意味を知って、舞踊を理解することはできなかったが、友人のメールがそのとおりであったことを実感した。獅子ものは勇壮な「毛振り」が見どころである。あれがはじまるとぞくぞくと興奮してくるのはなぜなのだろう。中村勘九郎(現・勘三郎)の『春興鏡獅子』をはじめてみたときの、あの高ぶり。同じ演目を息子の勘太郎が力いっぱい踊る姿に、歌舞伎座の客席がどよめくような熱狂に陥ったことは今でも忘れられない。
正直なところ親獅子の仁左衛門は体調が悪かったのか、振りの勢いがいまひとつにみえ、仔獅子の千之助もぜんたいに地味な印象である。それでも終幕、ふたりが正面を向いて見得を切ったとき、思わず涙が。仁左衛門によれば、彼は祖父の舞台のなかで『女殺油地獄』の与兵衛や『かさね』の与右衛門が好きだとのこと。どちらも仁左衛門の当たり役、芸も技も体力も色気も必要な難しい役だ。何年後になるかはわからないが、千之助の夢がかない、「これを待っていた」と客席が熱くなるその日が来ますように。
この日は夜の部の幕間に「第17回日本俳優協会賞 表彰式」が行われた。毎年1回、歌舞伎・新派のわき役を対象にした表彰制度とのこと。今回は協会賞に坂東玉三郎の「後見」として優れた技術をもつ坂東守若、奨励賞に上方歌舞伎塾の出身で、片岡仁左衛門門下の片岡松次郎と、劇団新派の児玉真二、功労賞に「頭取」として座内をまとめてきた市川升助が選ばれた。大舞台の中央に立ち、脚光を浴びるのはほんのひとにぎりの俳優だ。そのまわりに、あくまで主役を立てて控えめに、しかし確かな芸をもって支える人々がいる。記憶にある限り、劇団新派はまだ1度しか見たことがなく、児玉真二さんのことを心に覚えて、ぜひ足を運びたい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます