因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

オクムラ宅第三回公演『新美南吉の日記 1931-1935』

2012-11-01 | 舞台

 新美南吉原作 奥村拓脚色・構成・演出(1,2) 公式サイトはこちら 新美南吉生誕100年記念事情実行委員会後援 土間の家 4日まで
 前回の『かもめ~四幕の喜劇~』から1年5カ月ぶりの公演となったが、その間に2011年夏には利賀演劇人コンクールにおいて『紙風船』の演出、2012年のAAF戯曲賞最終候補に『まばたき』が選ばれるなど、着実な歩みをみせている。
 会場は渋谷駅からバス15分、東横線祐天寺駅から徒歩13分、田園都市線三軒茶屋駅から徒歩18分、世田谷区下馬の住宅街にある「土間の家」である。これまでカフェ・バーや古民家などでの上演を続けてきたオクムラ宅が、今回も変わった場所を選んだ。かまどのある土間で靴を脱ぎ、畳の部屋にあがって、そこが客席となる。ガラス窓にはカーテンもなく、石油ストーブがひとつあるきり。バス通りのすぐそばなので車や人などおもての音やすきま風もどんどん入ってくる。

 新美南吉といえば、『ごんぎつね』や『手袋を買いに』などの童話がすぐに思い浮かぶ。人も動物もへだてなく慈しむ温かい物語に心を動かされた人はたくさんいるはずだ。
 しかしその童話作家のプライベートについてはまったく知らなかった。というより、童話世界があまりに優しいので、それを書いた人もきっとそのようなお人柄なのだろうと思い込んでいたふしがある。今回奥村拓が光を当てたのは、29歳の若さで世を去った南吉が代用教員をしていた17歳からの数年間の日記と手紙、詩などだ。

 出演俳優は男女それぞれ2名の合わせて4名である。これといった扮装はしておらず、ほとんど素に近い様子で観客の誘導や注意事項のアナウンスをしつつ、観客とともに開始時刻を待つ風情だ。

 ひとりの俳優がひとりの人物を通して演じるのではなく、それぞれが南吉として日記の文章を読みながら、父親や母親、代用教員として働くことになった学校の教員や生徒たち、恋人のM子の話すことばも発語する。そのあいだあいだに、「1931年。岡崎師範学校の受験に失敗した南吉さんは、母校半田第二尋常小学校の代用教員として二年生を担当することになります。この時、南吉さんは十七歳」といった状況説明もされる。また「他人に対しても自分に対しても卑下することが多いのです」と、南吉の言動に対する奥村拓自身の感想やコメントのようなところもある。
 あくまでも南吉の書いたもの(つまり原作)をベースにしながら、戯曲のト書きでもなく地の文でもない、奥村拓の考えを芝居のなかにすべりこませるという趣向なのだ。さらに日記の朗読形式とは明らかに違い、かといって台本を持たないリーディングでもない。この形式や趣向をひとつのわかりやすいことばに置き換えて示すのはむずかしく、また野暮ではなかろうか。

 上演をみているあいだ、とくに後半は奥村の考えと恋人M子の心の声がだんだん区別できなくなって、観劇に集中しづらくなった。終演後に購入した上演台本を読むと、奥村が書いた台詞には【】がつけられており、原作とそうでない部分はすぐに見分けられる。

 文学と演劇の融合というほどかんたんなものではなく、上演形式にしてもリーディング、本式のものとわけるのでもない、岸田國士の『紙風船』、チェーホフの『かもめ』、そして今回の新美南吉の日記いずれも、俳優であり演出家である奥村拓の心のどこに何がどう響いたのかが、上演する会場のロケーションはじめ、オクムラ宅の舞台すべてに示されているのだろう。

 いろいろな面において、ほかではおそらくみることはできそうにない舞台を味わえるのがオクムラ宅の楽しみであり、しかもさまざまな試みが「何か変わったことをやってやろう」という計算や戦略的なあざとさを感じさせないところが好ましい。
 ただ今回の上演で言えば、積み木を使った演出の意図ついては、ついに結ばれずに終わった南吉とM子を象徴するごとく、ままごとのような恋ということなのかとは想像したが、その効果についてはわかりかねるし、俳優の演技については、とくに女優さんの口跡が幼く感じられるところ、ぜんたいとしていささか感傷的な雰囲気になってしまったところが残念である。

 今夜初日を迎えた舞台だが、土日は一日3回の公演を行い、合計で8ステージの意欲をみせる。おそらく回を重ねるごとにどんどん変化してゆくだろう。
 当日リーフレットで奥村は「大劇場のふかふかの椅子でなくてすみません」と恐縮しているが、なんのなんの。うっかりするとそのまま泊ってしまいそうな土間の家で知った新美南吉のこと、『貝殻』の詩の響きは、『ごんぎつね』や『手袋を買いに』の珠のような童話の思い出に、苦い痛みを加えてくれたのだから。

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