因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

イロハナプレゼンツ『セイムタイム、ネクストイヤー』

2021-11-12 | 舞台
*バーナード・スレイド作 十朱加奈子訳出・演出 公式サイトはこちら 荻窪/オメガ東京 14日まで(1,2
 
 『セイムタイム~』と言えば、加藤健一と高畑淳子のゴールデンコンビによる加藤健一事務所の名物舞台だ。見るたびに新しい発見があり、新鮮な感覚で楽しむことができる作品である。初めてでも何度でもたっぷりと楽しめる、いわば鉄板の作品に、森下知香が主宰をつとめる演劇企画「イロトリドリノハナ」が挑戦した。しかもキャスト、訳出、演出家ともに異なる2つの座組の交互上演という意欲的な公演である。森下知香と加藤大騎が出演の回を観劇した(もう一組は平野綾子訳出・演出・出演 鯨井智充出演)。

 賑やかな荻窪駅から徒歩8分程度の静かな住宅街の地下にあるオメガ東京は、小ぢんまりしているが、不思議に息苦しさのない空間だ。舞台と客席のスペースのバランスがよいのだろう。

 1950年代から四半世紀に渡って、それぞれ家庭のあるドリス(森下)とジョージ(加藤)が年に一回の逢瀬を過ごす北カリフォルニアの海辺のコテージの部屋が、ベッドやテーブル、古ぼけたピアノなどの家具調度類まで丁寧に作られた舞台美術だ。場面転換はスタッフが行うが、ドリスとジョージも服やヘアスタイルを替えつつ、グラスなどの小道具の出し入れを自然に行っている。

 これは以前から時おり気になってしまうことなのだが、現実の日常会話において、女性が男性と同じ「~だよ」という語尾で話すことが普通で、むしろ「~だわ」「~わよ」で話す女性には滅多にお目に掛かれない。ごくたまに「~わよ」の方と話していると、なぜかはわからないが、上からものを言われている感覚に陥る。ところが舞台で、とくに翻訳劇に登場する女性が「~だよ」と発語すると、今度は逆に乱暴に聞こえ、違和感を覚えるのである。

 本作のドリスは「~だよ」言葉の女性である。妊娠したために高校を中退し、20代なかばで二人の子持ちという設定のためであろうか。それでもやはり違和感は否めなかった。さらにいくつかの動作にも疑問がわいた。たとえばシーツをからだに巻きつけて起き上がったドリスが、枕をベッドに投げつけるのだが、怒ったり苛ついているわけではないのに、なぜここまで乱暴な動作なのか。またこれははっきりジョージに腹を立てて、彼のヘアブラシを投げつける場があるのだが、投げ方やタイミングなどがいささか病的に感じられたのである。どういう意図を以て、どのような効果を狙って、このような台詞と動作をとったのか。

 加藤健一と高畑淳子の舞台を改めて思い起こす。明晰な台詞術、二人のやりとりの呼吸や緩急など惚れぼれするほどであった。客席の自分もドリスとジョージと同じ空間で息づいている実感と心地よさがあり、舞台を見る幸せをたっぷりと浴びることができたのである。ただ、演技が往々にして強め、大仰に感じられたことも確かであった。

 今回のイロハナプレゼンツの『セイムタイム~』は、ナチュラルな舞台を目指したのであろうか。オメガ東京のサイズであれば、そのほうが適切であるかもしれない。ただナチュラルであってもメリハリを欠いては冗長になる。妊娠8か月のドリスが突如産気づく前半の見せ場であるが、高畑淳子のめいっぱいの絶叫に大パニックに陥る加藤健一の大混乱に客席は爆笑の渦となり、それが肚を決めたジョージが力強くドリスの手を握るところで一転、涙を誘われるのである。森下知香はいわゆる絶叫型の陣痛、出産の演技をせず、加藤大騎も、パニックを乗り越えて赤子を取り上げる決意がはっきりと見て取れる演技ではなかった。そういう造形もあってよいし、むしろありきたりではない演技を見たいと思う。ただ、前述のドリスの発語や動作と同じく、そのような演技を選択したことで、どのような演劇的効果があったのか、観客が受ける印象がどのように変わったのか、確かな手応えには至らなかった。
 
 ふたりが静かに微笑みながら向き合う最後の場面は好ましい印象であった。ここで加藤健一と高畑淳子は確と抱き合い、客席も拍手喝采であったことを思い出すが、それとは異なる抑制した演技によって、老境に向かおうとするドリスとジョージの愛がさらに深まり、豊かなものになることが想像される。

 自分にとって『セイムタイム、ネクストイヤー』は大好きな友だちのような作品だ。久しぶりに再会を果たし、「変わらないなあ」と安心する一方で、「そんな顔をするのか」と困惑したり驚いたりしたが、結果として、より強いな友情を確信することができた一夜となった。
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