因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団印象-indian elephant 第26回公演 『エーリヒ・ケストナー-消された名前-』 

2020-12-09 | 舞台
*鈴木アツト作・演出 公式サイトはこちら 下北沢・駅前劇場 13日まで1,2,3,45,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27)  2007年初夏に出会った鈴木アツトと劇団印象の舞台。観劇を重ねるうち、自分の実感としては、2010年春の『匂衣』、同年夏の『霞葬』がまず大きな転機として確かな手応えがあり、それから10年を経て今夜の最新作がさらに新たな方向性を示す力強い舞台となった。

 鈴木アツトは旅する劇作家である。自分とその周辺を見つめるところから、やがて韓国をはじめとするアジアへ、次にはヨーロッパへと創作の場が広がっている。今回の公演案内に同封の「印象新聞」掲載の4コマ漫画には、コロナ禍で仕事を失ったことで生まれた時間にエーリヒ・ケストナー(Wikipedia)の作品に強く惹かれるまま、彼についての戯曲を「ものすごいスピードで書いた!!」とのこと。病理蔓延に見舞われた劇作家が、時のファシズム政権によって著作の販売が禁じられ、自由な創作活動が封じられたケストナーに出会うべくして出会い、実在の人物に肉薄し、史実を丹念に追い、そこに劇作家の想像力、希望や願いが織り込まれた力作となった。

 舞台はナチスの興隆期の1923年に始まり、1945年5月の敗戦までの20年あまりを描く。新聞記者でのちに小説家となるケストナー(玉置裕也)、俳優のハンス(村岡哲至)、後に映画監督となるヴェルナー(泉正太郎)の友情を縦糸に、ジャーナリスト志望の少女ルイーゼロッテ(山村茉梨乃)、あのレニ・リーフェンシュタール(今泉舞)らの交わりを横軸に、さらにパン売りからナチ党員になり、やがて映画プロデューサーになるシュミット(杉林志保)、ユダヤ人イラストレーターのヴァルター(正村徹)を絡ませ、さまざまな表現活動に携わる人々が、あの時代をどう生きたかを描く。

 杉林志保は元気なパン売りの少年として登場するが、生きるため、映画を作るという夢を叶えるためにナチ党員になり、プロパガンダ映画のプロデューサーになる。丸きり体制側の人間になったわけではなく、ケストナーへの友情を大切に思い、亡命も含めて彼に新しい創作の道を懸命に説くなど、複雑な内面を持つ人物だ。リアルな作りの劇において女性が男性を演じるにはリスクもあるが、小柄で童顔の杉林は声を作るなどの造形無しに、明るく元気いっぱいの少年から、ゲシュタポの制服の似合う青年までを自然に嫌味なく演じた。
 彼に負けないくらい元気な少女に始まり、ジャーナリズムの世界で苦闘しつつ、ケストナーの伴侶(最後まで正式な結婚はしなかったとのこと)となるルイーゼロッテの山村も、妻子あるハンスに惹かれていたことをあからさまに描かない戯曲に対して、辛抱強い演技で応えている。

 これまでの鈴木アツト作品のなかでは最も硬質な題材であり、俳優の台詞の技術にとして難しいところも垣間見られた。また「元気にしていたか」ではなく、「元気してたか」という口調になったり、現実の日常会話において、語尾に「わ」や「わよ」を使う女性とはほとんで出会ったことがないにも関わらず、舞台上の女性から「そうだよ」や「そうだね」といった発語を聞くと、自分の感覚が頑なであることにも起因するのだが、どうしても違和感を覚えてしまった場面もある。だがそれらは大きな妨げにはならず、最後までじっくりと味わうことができた。

 戦争が終わり、ケストナーとルイーゼロッテは、町に明かりがひとつふたつと灯りはじめる様子に、「まるでクリスマスみたい」とつぶやく。背後に流れる讃美歌「エッサイの根より」の静かな旋律がまことに美しい。舞台の季節は5月だが、クリスマスシーズンの上演にぴったりの情景となった。しかしそのころの日本では日々の空襲、沖縄戦、そして広島、長崎への原爆投下を経て無条件降伏するまでにまだ3か月もあること、ドイツ、日本ともに敗戦国として塗炭の苦しみが待っていたことを考えると、寒々とした心持になる。

 鈴木アツトと劇団印象の新しい旅を祝福し、次なる旅路にも客席から伴走したい。出不精で旅慣れない自分を、さまざまなところへいざなってほしい。
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