*川名幸宏作・演出 公式サイトはこちら 下北沢・小劇場楽園 24日まで
作・演出の川名幸宏の舞台観劇歴を読み返してみると(1,2,3,4)、公演のごとに変化を喜びながらも、「あと少し」「もうひと息」とじれったい思いを抱いていることがわかる。第2回公演の初日を観劇した今宵、川名が大きな一歩を踏み出したことを確信した。堂々の1本である。
ただでさえ見づらい劇場であるのに、舞台には細いポールが何本も立て掛けられ、その奥に主人公の光(丸山港都)の暮らすアパートの3畳の部屋が据えられている。かつて川名自身が同じような部屋で暮らした経験がベースになっているとのことで、俳優の動作から、ドアではなく引き戸があるほどなので、冗談でなく想像を超える古アパートなのであろう。
週3回コンビニのバイトでようよう暮らしている光の部屋に、知らない女性・瞳(さかいかな)が突然訪ねて来た。美しく感じも良い。彼女が手にしている新聞らしきものは、光とはかけ離れた思想を記したもの、つまり宗教の勧誘なのである。しかしどこかに惹かれるものがあったのか、宗教はさておき、二人は恋人どうしとなる。この恋を発端として、光の学生時代の映画サークルの仲間たち(佐藤修作、砂田桃子、神谷大輔)、就活中の後輩(藤家矢麻刀)、姉夫婦(吉田多希、草野峻平)、瞳と同じ教団に属する女性(笹本志穂)が絡む2時間弱の物語である。
瞳が信じているのは「今年の年末で世界が終わる。だからその前に皆を救う」という、いわゆる終末思想である。
初日明けゆえ詳細は控えねばならないが、まずこれまでのようにファンタジーの要素を加えず、リアルに徹したところに劇作家の大きな変容が見られる。つぎにどの人物もありきたりでなく、過去や背景をさまざまなに想像できる造形であるところだ。たとえば瞳という女性は、宗教の勧誘をしているのに宗教色が希薄で、ニュートラルな印象だ。光が好きになるのも無理はなく、いい娘だなとこちらも思う。光と幸せになれるのではないかと希望を抱かせる。しかし前述の友人たちや姉夫婦が絡むあたりから、やはり危なくなってくるのである。この人の本心はどこにあるのか。
劇作家が9名の人物一人ひとりのことを精いっぱい考えて台詞を書き、俳優の個性と力を信じて舞台に立ちあげたのであろう。俳優陣もその気持ちに応えようと入念な稽古を重ねたことが窺われる。適材適所の配役に、演じる人物が心身にしっかり入った演技で初日の硬さもなく、安定感がある。
丸山は気弱なだけではない意地を卑屈でなく、さかいはニュートラルとキワモノのあわいを魅力的に、佐藤は虚勢が崩れるところを嫌味なく、砂田はきつい内面を見せるところが良い。吉田は、常識的で口うるさい役どころに留まらず、弟への愛情を滲ませる。草野は妻を信頼し、義理の弟を案じる常識的な役柄を自然に見せる。本筋からやや距離のある立ち位置だが、瞳に対して矛盾に満ちた行動をとる神谷は「あの吹っ切れなさ、わかる」と共感できる複雑さを表現し、藤家は危うさ加減を徐々に加速させ、いつのまにか危険キャラになるところ、笹本は堅固な信仰を持っているようで、やがてもろさを露呈し、下世話に変容するところが面白くもあり、哀れでもある。
瞳の言うように世界は終わらなかった。けれども続いてしまうことのほうが辛い人生もしばしばあるのである。光はどうなるのか。あの終幕をどう捉えるのかは、観る人の心境によって、希望とも絶望ともどちらにもなるだろう。世界はそう簡単には終わらない。けれど続くからにはもうちょっとどうにかしたい。できればもう少し幸せで、笑顔でいられるように。
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