因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

三越劇場12月 劇団民藝公演 『泰山木の木の下で』

2019-12-06 | 舞台
*小山祐士作 丹野郁弓演出 公式サイトはこちら 日本橋・三越劇場 18日まで
 1963年の初演以来、宇野重吉演出、北林谷栄主演によるロングラン上演を重ねてきた劇団の財産演目が16年ぶりに再演の運びとなった。新しく丹野演出そして、日色ともゑの神部ハナである。(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38 ,39,40,41,42
 瀬戸内海の小さな島。9人もの子を産んだがいずれも戦死、広島の原爆で亡くし、天涯孤独の身の老女ハナは、さまざまな事情を抱えて訪れる女たちの人助けのつもりで堕胎を行っていた。非合法の堕胎に手を染めた女性を描いた映画『主婦マリーがしたこと』、近年では産婦人科の看護師見習いの少女の成長譚であるテレビドラマ『透明なゆりかご』も想起されるが、本作は戦争、原爆が人間にもたらす苛烈な運命を軸に、ハナと木下刑事にとってのキリスト教信仰、神の存在を絡ませた作品である。

 北林が40年に渡り、400回以上も演じ続けてきた「ハナ婆さん」がいかに素晴らしく、鮮やかな印象を残しているかは、公演パンフレット掲載の日色ともゑと丹野郁弓の対談「ハナ婆さんとわたしたちの明日は」(聞き手は藤久ミネ)に詳しい。大変なプレッシャーはあるものの、ハナの可愛らしさだけでなく、生き抜くための特有の知恵、ずる賢さ、海千山千的な資質もあり、それが愛嬌にも見えなくてはならないこと、小山作品特有の抒情、本作に対する新たな視点まで縦横に語られており、興味深い。

 同じく公演パンフレット掲載の俳優・伊藤孝雄の寄稿「木下刑事への手紙」である。73年の本作上演の際、木下役の俳優の降板の代役としてわずか3日間の稽古、初めましての挨拶もなく、北林谷栄が台詞合わせに突入したエピソードが淡々と記されている。 俳優を育てるのは劇作家や演出家だけでない。ときには架空の存在であるその人自身が演じた役もまた、俳優を鍛え、はぐくむことがある。演劇が生む奇跡のひとつである。演じた役柄に宛ててしたためた伊藤の一文は、自分の肉体と声をもって作中の人物を演じる俳優という仕事について考えさせられる。

 自分は遂に北林谷栄の舞台を見ることが叶わなかった。むろん数々の名舞台を見逃したことは残念だが、新しい演出や配役を先入観なく受け止められることでもあり、ハナ登場の「頭髪も六分通り白くなっているのだが、めだつほどのシワもなく、色も白く、目鼻立ちのハッキリとした童顔の、大変に可愛らしい小柄な老女」というト書きは、まるで日色ともゑにあてがきされたようであるし、木下刑事役の塩田泰久も然りであった。
 本作の主題歌(劇中歌ではないこと、重要)『わたしたちの明日は』は、歌詞もメロディは暗く悲しげ
で、希望や光を見出しにくいが、劇の印象とともに観客の心に確かな足跡を残す。劇団の財産演目は、観客にとっても同じで。今回がはじめての『泰山木の木の下で』観劇となった自分は、本作をどう継承していくかが新たな課題となった。毎年12月の三越劇場での劇団民藝公演の観劇は、いかにも年の瀬を感じさせる味わい深いものが多いが、今年はまことに重い。 

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