文学座のアトリエでみた舞台の記事はこちら→(1,2,3)同じく久保田万太郎作品を上演しているみつわ会の記事はこちら→(1,2,3)
第4回したまち演劇祭in台東に初参加し、万太郎誕生の地である浅草で上演の運びとなった。会場の「浅草見番」に行くのはこれがはじめて、行きかえりの散策も楽しめる。9月1日まで。今日の演目は以下の2本。
☆『不幸』
鵜澤秀行演出。大正13年(関東大震災の翌年)9月、「演劇新潮」に発表された作者35歳の作品。つれあいに先立たれたり、商売が立ちゆかなくなったり、あげく火事に会って隣家と裁判沙汰と不運つづきだった家族。火事から1年経った春の日、火事場から掘り出した内裏雛をみながら、ささやかに酒を酌み交わす。
☆『一周忌』
黒木仁演出。昭和3年、作者42歳の作品。つれあいの一周忌を迎えた元芸者の女のところに、なぜか長居してあれこれしゃべる男がいる。姉とその亭主がやってきて、ようよう寺参りするところへにぎやかな花火の音が。
☆『不幸』
昨年、みつわ会の公演で同じ作品をみた。ちょうど東日本大震災から1年後の3月で、関東大震災の翌年に発表された本作の設定にだぶる感覚がある。人の幸不幸は単純なものではないこと、あのときは死ぬほどつらかったけれども1年経ったいま、こうして酒を飲むことができる。心の傷がきれいに消えてしまうことはないが、しだいにそれを受けとめられるようになってゆくのだ。まさに「禍福はあざなえる縄のごとし」、「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる」なのであろう。
みつわ会の舞台をみたとき、「不幸」とは、いったい何という題名かとたじろいだが、ではこれが『幸福』だったらどうであろうか。少し押しつけがましい感じがする。やはり『不幸』がよい。 逆説的な意味合いという面を越えて、劇中の人々を温かく包み込む作者の視点が感じられる。
本作は、酒をのむことの幸せを描いた作品でもある。不運不幸つづきですっかり気落ちして酒を飲まなくなった新三郎(鈴木弘秋)が、娘のおしま(鈴木亜希子)によれば、このごろは少しずつ飲むようになったという。しかし愚痴やぼやきの多い酒らしい。伯父治兵衛(坂部文昭)と出入りの寅吉(鵜澤秀行)が酒宴をしているところへ、当の新三郎が帰ってくる。かたくなに酒を辞していたがやがて心がほどけ、杯をかわす。治兵衛はしきりに酒をすすめるが、決して無理じいではない。いっぱいだけと飲んだ新三郎に、「重ねないやつがあるかい」ともういっぱいをすすめる。杯を「重ねる」。粋で味わいのあることばだと思う。ジョッキのビールや酎ハイばかりをがさつに飲んでいては身に着かない。
一昨年、文学座のアトリエでみた『暮れがた』を思い出す。ここにも気持ちが晴れない男がいて、酒を辞退する。そこへ家のおかみが「苦労は苦労、お酒はお酒でさあね」と彼の心をほぐしてやるのだ。自分はこの台詞がとても好きだ。こんな情けない身の上で、酒なんてとんでもないと断る気持ちもわかる。しかしそれを一歩踏み込んで、あまり意固地なのは野暮だし、失礼だよ。そう言わずいっぱいおあがり。演じた赤司まり子の優しいなかに、きっぱりとした心意気が忘れられない。
☆『一周忌』 これも一昨年文学座のアトリエで上演された。東日本大震災から二週間後、首都圏が暗く寒く不安定な時期だった。開演前に演出の鵜澤さんがしみじみとした挨拶をされたことを思い出す。これといって核や肝がないように思われる芝居だが(失礼)、饒舌な人物と、ほとんど受けにまわる人物とのバランスの偏ったやりとり?が魅力的な、さらりとしたあじわいの会話劇である。
この日もひとりですいすいと和服を着替えるおきく役の山本郁子、さりげなく手伝うおゑん役の山崎美樹のしぐさや手つきを堪能した。こういうものをみられるから、久保田万太郎の芝居ははずせないのである。
浅草見番はいわゆる劇場仕様ではないため、受付を済ませて開場までのあいだ、2列に並んで進むのは右の列の方からなどのあれこれが若干わずらわしい。会場も床に高低がない和室なので、足腰の痛みを覚悟して前方の桟敷にするか、見えにくいのを辛抱して後方のパイプ椅子に座るか、あいだをとってベンチ席にするか、非常に悩ましい問題ではある。
しかしそれらを補ってあまりある、豊かで温かな久保田万太郎の劇世界をあじわえるのだから、多少のことは終演後には忘れてしまった。
こんなときにうってつけとバッグにしのばせたのが、ふらんす堂の365日入門シリーズ/澤俳句叢書第二篇『万太郎の一句』(小澤實著)である。観劇した8月29日の句は、<はつあらし佐渡より味噌のとゞきけり>と記されていた。
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