因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

蜷川幸雄演出『オセロー』

2007-10-21 | 舞台
*ウィリアム・シェイクスピア作 松岡和子訳 蜷川幸雄演出 公式サイトはこちら 彩の国さいたま芸術劇場での公演は21日で終了 富山、北九州、名古屋、大阪を巡演

 コンプレックスとプライドは心の表裏をなすものだと思う。相思相愛の相手を得たとき、人はプライドが満たされ、コンプレックスのかなりの部分が解消される。自分を受け入れ、理解し愛してくれる人がいる。それは自分が価値のある人間であることの証だからである。その相手の心が自分にないと知った時、それは単なる焼きもち、嫉妬の感情を越えて自分の存在が否定されるのと同じではないだろうか。『オセロー』の主題は「嫉妬」であると言われるが、自分にはもっと根の深いものであると思われる。

 オセロー(吉田鋼太郎)は軍人として非常にプライドの高い男性であると同時に、黒人である自分の出自に対して言葉に尽くせないコンプレックスを抱いていると思われる。彼が精神的にバランスの取れた男性であれば、部下イアゴー(高橋洋)から妻デズデモーナ(蒼井優)の不貞をほのめかされたとき、最初は驚き怒りもするだろうが、冷静になってちゃんと事実を確認しようとするのではないか。しかも相手は酒に弱く女にもだらしのないキャシオー(山口馬木也)ですぞ。オセローの敵ではないではないか。

 イアゴーを演じた高橋洋が素晴らしい。オセロー役の吉田との年齢差や体格の違いが心配だったが杞憂に終わり、冒頭のささやき声で観客の耳と心を惹きつけ、最後まで目を離させない。イアゴーは自分を昇格させてくれないオセローを恨み、周囲の人々を自分の欲望の達成のために利用しつくす悪漢である。しかし、複雑にねじくれたこの人物はぞくぞくするほど魅力的である。第3幕第3場、妻を後ろから抱きすくめて言いくるめようとする様子、胸に手を当て「いつまでもお仕えします」とオセローに忠誠を誓う場面など、彼が単純な悪人ではないことがわかる。オセローへの恨みは自分を充分に認めてくれない相手への愛情の裏返しのようで、キリストに対するユダの苦悩を思わせる。さらに彼もまた妻エミリア(馬渕恵俚可)の不貞を疑い、嫉妬に苦しんでいたとは。エミリアは頭の回転の早い働き者で、憎まれ口も叩くが夫を信じて愛しているのだ。デズデモーナのハンカチを手に入れて、夫に嬉しそうに見せる場面にそのことが現れている。彼女もまた夫にいわれのない疑いを受け、利用された挙げ句命を落とすのである。

 救いがなく、後味の悪い作品であるが、帰り道の気持ちは明るかった。前述の高橋洋の好演が最大の贈り物である。帰りの電車で戯曲『オセロー』を食いつくように読み直す。素直になれず僻んでねじくれたイアゴーの心に寄り添ってみたいのだ。策略に失敗したイアゴーはすべてを失い、死を待つだけの身となる。気づかなかったのかイアゴー、妻はあなたを愛していたということを。あなたはいったい何が欲しかったのか。

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