因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

Ring-Bong 第6回公演『名も知らぬ遠き島より』

2016-04-23 | 舞台

*山谷典子作 藤井ごう演出 公式サイトはこちら 座・高円寺1 24日で終了 
 Ring-Bong(リンボン)は、文学座の俳優・劇作家の山谷典子の戯曲を上演するユニットで、2011年3月の旗揚げ以来、「日本が持つ忘れてはならない歴史、また、今も抱え続ける問題に焦点を当てた作品を上演」している(公式サイトより)。今回は第2回公演で初演された作品が、配役、演出を一新して再演の運びとなった。自分はこれが初見である。

 舞台は中央にベッド、ほかにサイドテーブルや椅子などが置かれている。周囲に白い棒が天井高く伸び、時代や場所の設定を固定化しない、やや抽象的な雰囲気を作り出している。舞台は昭和21年、中国牡丹江にある元日本軍病院で、ソ連軍の蛮行に怯え、食糧や医薬品の不足に悩みながら帰国できる日を待ちわびている兵隊や医師、看護婦たちの日々と、帰国を果たした兵隊のひとり・近藤義春(中村亮太)が年老いた70年後、息子の妻(大崎由利子)や孫(小野文子)などが登場する現代が行き来しながら、国家と人間の関係を描く2時間あまりの物語である。

 物語の進行や台詞、人物の造形など、さまざまな点で小さな疑問やつまづきがあった。ソ連軍に女性がいることが知られないようにしているのに、看護婦たちは長い黒髪のままであることや、ついさっきソ連兵や乱入してきたというのに、「外の空気を吸ってきます」と部屋を出る女性がいたり、戦後の場面で、病室を訪ねてきた老人が手渡した現役時代の商社の名刺をみて、「(葬儀の場所などは)ここにFAXします」という台詞(手紙の裏書に自宅のFAX番号が書かれているのかと思ったが)などである。その一方で、現代の病室で、孫は「飲み物を買ってくる」と言って、当然のように母親にお金をもらおうと手を差し出す。30歳で喫茶店のバイトという半ニートぶりを示すところであり、小さな表現ではあるが、終始重苦しい物語のなかで、客席の気持ちをなごませてくれる。また満州の場面では、戦地での略奪や強姦などを手柄話のように語る兵隊を否定するでもなく、認めるでもなく、自然に流す佐久間(本城憲)という兵隊の造形が、地味ながら目を引いた。

 小さなつまづきと納得が繰り返されるのはあまりよい観劇態勢ではないのだが、終幕のある場面で一気に氷解した。気弱でうぶだった近藤は、家族に対して非常に口やかましい父や夫であり、戦争中の自慢話をしていたという。しかしその裏にどんな体験があったかということが、示される場面である。山崎という老人(遠藤剛)が病室を訪ねてきて、終戦後の引き上げの混乱のなかで、近藤に命を救われたという。山崎が近藤にしたためた手紙を孫が読むとき、昭和21年の姿の近藤が現代の病室に現れる。孫に若い祖父のすがたはみえない。ここから手紙の内容と、若い近藤の苦い告白と魂の叫びが続く場面は、この舞台の白眉である。

 考えてみると、彼の告白は、孫にも山崎老人にも聞こえていない。聞いているのは、観客だけなのだ。演劇ならではの趣向であり、彼がもっとも聞かせたい、聞いてほしいと願った相手ではなく、その日その場だけの存在である観客だけが真実を、彼の願いを聞いているという、「演劇的残酷」とでも言うべきか、その悲しみがどっと押し寄せ、自分でもうろたえるほど心が揺れ動いた。

 あなたの告白はわたしたちが聞いている。確かに聞き届けた。それを近藤に伝えたい。といってそんなことはできないのだが、自分にはその思いがどっと湧き出てきた。舞台の世界に感情移入し、登場人物といっしょに笑ったり泣いたりという経験は珍しくない。しかし、今回のような心持ちになったのは、おそらくこの舞台がはじめてではないだろうか。すばらしい、と同時に大変な贈り物を受け取ったことになる。

 この世には多くのことを話せず、心に抱えたまま旅立った人が大勢いる。生き延びて子や孫を持つことができた近藤だけではなく、故郷の土を踏むことなく異国で息絶えた人々。何らかの形で残された手記などの記録や、体験者の肉声を聞き取り、映像にすることなど、戦争の事実をいまに伝える方法はいろいろある。しかし演劇には、現実、史実を超えて人間の心の奥底からの声を台詞にし、俳優のからだと声をもって、今の観客に届けることができるのだ。話せなかったこと、聞けなかったことをかたちにし、届ける。そして観客は受け止める役割がある。

 演劇にできること、観客の役割。そんなことを考えながら帰路に就いた。

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