因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

新国立劇場シリーズ「ことぜん」第二弾 『あの出来事』

2019-11-21 | 舞台

デイヴィッド・グレッグ作 谷岡健彦翻訳 瀬戸山美咲演出 公式サイトはこちら(演出にあたってのインタヴュー記事瀬戸山美咲作品(演出のみ含め)観劇の記録→(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22 ,2324,25,26,27,28,29)

 本作は、2011年7月22日、ノルウェーのオスロとウトヤ島で77人が死亡、200人以上が負傷した爆弾・銃乱射事件(Wikipedia)をモチーフに書かれ、2013年にエディンバラ演劇祭で初演され、このたび日本初演となった。作品の背景や今回の「ことぜん」シリーズに選ばれた経緯などは、演劇情報サイトの「ステージナタリー」に掲載の翻訳家と演出家の対談に詳しい。

 「多文化主義」の実践としてクレア(南果歩)が指導者を務める町の合唱団には、老若男女、移民や難民などさまざまな人々がいる。ある日の練習中のこと、入ってきた一人の少年が突如銃を乱射し、多くの団員が殺された。生き残ったクレアは少年の父親、ジャーナリスト、カウンセラー、政治家などとの対話ののち、遂に当の少年と対峙する。自分を殺そうとし、自分の大切な仲間を殺した相手を赦せるのか。クレアの葛藤と苦悩の様相とその果てが描かれるおよそ100分の舞台である。

 町の公共施設を思わせる練習場。床には椅子が積み上げられ、上手にはティーブレイク用のポットやカップなどがある。下手にはアップライトピアノがあり、いかにもアマチュアの合唱団らしい風景が作られている。

 本作の大きな特徴の第一は、クレアと少年のほかに、30人の合唱団員とピアニストが登場することだ。エディンバラの公演では、日替わりで地元の合唱団が出演したとのこと。今回の日本初演の合唱団は公募によって編成されている。いわゆるプロの俳優や歌手としての技量を求められるのではなく、劇作家のデヴィッド・グレッグが目指す「ラフ・シアター」のひとつの表現として舞台に存在する。第二の特徴は、少年役の俳優が、クレア以外の登場人物を一人で演じ継ぎ、演じ分ける点である。

 演劇において複数の役を演じる趣向は珍しくないが、小久保寿人の造形は、これまで見てきたどの俳優とも違うものだ。小久保が女性役を演じたとき、すぐにそうだとわからなかった。これは翻訳の工夫でもあり(例えば「何々だわ」、「何々よ」といった語尾で性別を示す台詞が少ない)、服装もそのままで、いかにも女性らしい所作を施さないという演出でもある。あざとく、演技の巧さを強調しない小久保の演技は、観客に「これはいったいどういう人物か」という注意を喚起し、人物へ感情移入を容易にさせない効果を生んでいる。

 ひとつめの特徴について。合唱団はクレア、少年との絡みや台詞を発することもあるのだが、プロの俳優とは発声も滑舌も明らかに違う。実はそのために劇を見ていた感覚が途切れてしまう場面が少なからずあった。公演パンフレット掲載の演出の瀬戸山美咲と、新国立劇場芸術監督の小川絵梨子の対談によれば、これまで瀬戸山が地域での市民参加作品を創作した経験が活かせる感覚があること、「同時に合唱団には『演じない』という、さらに高度な要求が戯曲上にある」ことなどが語られている。「演じる」南と小久保、「演じない」合唱団が醸し出す舞台の空気をどう受け止めるか。観客によって、その感覚は異なるだろう。

 劇は必ずしも時系列に進まず、クレアの心象の変容も、これまで見てきた憎悪や贖罪の物語とは異なるものである。物語は明確にひとつの結論を示さない。クレアは少年に歩み寄れたのか、ふと、ふたりはほんとうにテーブルを挟んで対話したのかとさえ思われた。リアルな事件を扱いながら、どこか幻想的な劇空間である。どこか遠い国の「あの出来事」が、劇中のコーラスがいつまでも繰り返し聞こえるように、自分の心身から離れなくなった。そしてなぜか奇妙で悲しい、それでいてどこか優しい心持になるのである。

 終演直後、『あの出来事』は観客に成熟した姿勢や感覚を求めているとの印象をもった。しかし数時間経った夜更け、今夜の物語を捉えきれずに迷い、それでも何とか近づきたいと願っているこの心を、むしろ舞台のほうが受け入れてくれたのではないか。そう思いはじめている。

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