公式サイトはこちら 25日まで 歌舞伎座
1年のうちでも、顔見世は特別な雰囲気がある。ベテラン勢が豪華に揃い、襲名披露があったりすれば尚更だ。といって派手一辺倒ではなく、地味だが心に染み入る物語もあり、楽しみな月である。夜の部の観劇記録を書き留めておきます。
*「鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)」より「菊畑」
中村梅玉の部屋子であった中村梅丸が正式に養子となり、このたび初代中村莟玉(かんぎょく)を名乗ることになった。梅丸はいわゆる御曹司ではなく、7歳のときに一般家庭から梅玉に弟子入りし、芸道に励んできた。ここ数年は新春浅草歌舞伎にも連続出演しており、美しい若手役者として期待を集める23歳である。「菊畑」では劇中に口上が行われた。十何代目何々襲名披露のように、幹部俳優がものものしくずらりと並ぶ口上ではなく、本人含め5人がごく短く挨拶するものであるが、簡潔で清々しく、それまでの芝居の感興を損ねず、終わればまた自然に芝居に戻るあたり、気持ちのよいものであった。直接の血筋ではない俳優には大変な苦労があると思われるが、御曹司は御曹司で辛いことがたくさんあるはず。新しい名・莟玉は、梅玉の養父六代目中村歌右衛門が若き日に開いていた公演「莟会」(つぼみかい)に由来するとのこと。若いつぼみが美しく開き、豊かに実りますように。
*「連獅子」
夜の部いちばんの期待はこの幕であろう。十代目松本幸四郎の親獅子、長男の八代目市川染五郎の子獅子は、昨年京都の南座の襲名披露興行で上演され、1年ののち、東京・歌舞伎座の顔見世にお目見えの運びとなった。あのふっくらと可愛らしい松本金太郎が、いつのまにか凛々しい美少年になり、父・幸四郎と連獅子を踊る。このときがやってきた、この日を待っていた。舞台に父子が登場したときの万雷の拍手と大向こうは、客席の溢れんばかりの喜びと期待の表れである。
連獅子と言えば「毛振り」である。さあ来るぞ始まるぞ。思わず前のめりになるこの高揚感。下半身が落ち着いた幸四郎のたっぷりとした振りに比べると、染五郎のそれは繰り返されるにつれて上半身が揺れてしまい、振りが乱れる。最後にぴたりと止まるところで姿勢がぐらついたのだが、それすら「これほど大変な踊りを、ここまで懸命に勤めているのだ」と手に汗握る緊迫感が生まれ、よく頑張った、この次はもっと…と観客に幸せな夢を抱かせてくれるのである。
*江戸女草紙「市松小僧の女」
1977年、池波正太郎作・演出で初演の作品が、42年ぶりに上演された(大場正昭演出)。大店の長女ながら男勝りで、剣術の修行に励むお千代(中村時蔵)が、ふとしたことから前髪立ての美少年・又吉(中村鴈治郎)が悪仲間と掏りをしているところを懲らしめるが、なぜかふたりは恋仲になる。剣術道場の兄弟子であり、奉行同心の与五郎(中村芝翫)が間に立ち、お千代と又吉は所帯を持つが…。昨年のやはり顔見世で上演された「お江戸みやげ」(川口松太郎作 大場正昭演出)で、時蔵の演じるやもめのお辻も、男前の役者に惚れて変貌する役柄で、しみじみと味わい深い造形を見せた。今回も愛を知って優しく美しい女房になる女の物語であるが、女形の名優時蔵を以てしても、前半の女剣士は年齢的な面で相当に無理があり、鴈治郎の前髪立ても辛いものがあった。古典作品の場合、役者の実年齢が妨げになったという体験はほとんどないのだが、目の前の俳優に対する想像力の広がり方に違いがあるらしい。あれほどあっさりとお千代にほだされた又吉が、どうしても掏りを働いてしまう性癖の裏づけがいまひとつ希薄なので、再び改心する幕切れが心もとない印象ではあったが、ここは素直に受け止めるほうがよいのであろう。
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