*東京芸術劇場2023 芸劇オータムコレクション 東京芸術劇場Presents 木ノ下裕一監修・補綴 杉原邦生(KUNIO 1,2,3,4,5)演出・美術 公式サイトはこちら 24日まで東京芸術劇場 シアターイースト その後、那覇文化芸術劇場なはーと大劇場、長野県上田市/サントミューゼ、岡山芸術創造劇場 ハレノワ 小劇場、山口情報芸術センター スタジオA、水戸芸術館 ACM劇場、京都芸術劇場 春秋座を巡演
先日参加した早稲田大学演劇博物館主催の「ドーナツプロジェクト」の木ノ下裕一の講座があまりにおもしろく、終了後の休憩時間に速攻予約、遅ればせながら「キノカブ」観劇デヴューとなった(※今回の公演ではスイング俳優である佐藤俊彦、大知出演の回もあり)。
先日参加した早稲田大学演劇博物館主催の「ドーナツプロジェクト」の木ノ下裕一の講座があまりにおもしろく、終了後の休憩時間に速攻予約、遅ればせながら「キノカブ」観劇デヴューとなった(※今回の公演ではスイング俳優である佐藤俊彦、大知出演の回もあり)。
歌舞伎の『勧進帳』は、数ある作品のなかでも随一の人気演目である。自分にもこれまで観劇した大切な記憶がある。十二代目市川團十郎はじめ、その十二代目の代役を勤めた坂東三津五郎、当代團十郎が新之助時代の初役として勤めたもの、当代松本幸四郎が市川染五郎時代の初役、片岡仁左衛門、そしてもう二度と観られない中村吉右衛門。どれも忘れられない。『勧進帳』は、武蔵坊弁慶が花道を飛び六法で駆け抜けたあとに、得も言われぬ複雑な心持にさせられる。ぎりぎりの緊張感のなか、襲い来る困難を切り抜けて無事関所を突破できた達成感や爽快感。関守の富樫左衛門とのあいだに生まれた奇妙な友情、主従に通い合う温情だけではない。陸奥の国へ向かっても義経たちは最後には滅ぼされることを知っている。それでも進むしかない宿命への悲しみや諦念、寂寥感など、決してひと色にはならないのである。
わたしたちはなぜ『勧進帳』に惹かれるのか。
2010年に初演され、2016年にリクリエーション版が全国を回り、2018年にはパリ公演も行われるなど、木ノ下歌舞伎の財産演目『勧進帳』は、この疑問に対する有効な答であり、これから幾度となく観劇するであろう未来の『勧進帳』にも通じる道である。上演中ゆえ詳細は憚られるが、あれは面白かった、あのことも記しておきたいと心が乱れることの、何と言う嬉しさ。
木ノ下歌舞伎は弁慶(リー五世)をはじめとする家来たち一人ひとり、富樫左衛門(坂口涼太郎)と番卒4人にも明確な人物像を示した。俳優は義経(高山のえみ)の家臣と番卒を二役で演じる(岡野康弘、亀島一徳、重岡獏、大柿友哉)。敵対する人物を目まぐるしく入れ替わりながら演じ継ぐことで、追われる者と追う者いずれも苦しい立場にあることなどが炙り出されるのである。
歌舞伎狂言を観て、ふと思うのは、「この人たちはほんとうのところ、どんな気持ちだったのだろう?」ということだ。武士とはそういうもの、主従のきずな、主への忠義は何よりも優先されるのはわかる。しかし本心は?キノカブ版には、この素朴な疑問に対して「なるほど」と思わせる場面があり、客席に笑いが起こったりもする。笑える『勧進帳』なのである。
印象に残ったのは富樫左衛門という人物の孤独である。冷徹で容赦ない官僚であり、仏教について幅広い知識を持つだけでなく、任務を遂行するために、相手の嘘を見抜いたり、隙に付け込んだりなどの手練手管も備えている。まだ若いが優秀で切れ者、幕府の中枢に居てもいいくらいだが、何等かの理由で北陸道の関所へ遣わされた。左遷とまではいかないが、番卒たちと必ずしも良好な関係ではないことを匂わせるなど、鬱屈を抱えた人物と見た。一度は義経一行を通すが、番卒の「あの強力が義経に似ている」の進言で一転、さらなる尋問に及ぶ。ここで弁慶が義経を打擲する容赦のないさまを見て、だからこそほんものの義経だと確信したにもかかわらず、富樫は「疑いは晴れた」と一行を送り出す。
ここで収まらないのが進言した番卒である。彼は納得がいかないという反応を隠さず、仲間たちも同様である。もっともなことだ。富樫はこの一瞬で部下の信頼をなくした。もう誰も自分に従う者はいない。彼は大きなレジ袋を提げて弁慶一行を追ってきた。部下に命じたのではなく、自分でスーパーに行って酒やつまみを買ってきたのだろうか。必死の様子が可愛く、ちょっとホロリとさせられる。ビニールの敷物の包みを開けられなかったり、弁慶の家臣たちと敷物を広げる手つきがいかにも不器用で、この人は勉強と仕事は人一倍やってきたが、家族や友だちと思い切り遊んだことがないのでは?と富樫の過去にまで妄想がわく。ともに酒宴を催すほほえましい場面において、彼の孤独感がいっそう際立つ。
ほかにもさまざまな仕掛けや趣向が盛り込まれており、ダンスや歌については少々引くところもあったのだが、『勧進帳』の核は揺るがせず、1時間30分の物語は幕を閉じる。過去から現代、未来に続く『勧進帳』を堪能し、歌舞伎とはまた違う心持を抱いて帰路に着いた。
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