因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

月刊「根本宗子」第8号『中野の処女がイクッ』

2013-10-12 | 舞台

*根本宗子作・演出 公式サイトはこちら 新宿ゴールデン街劇場 1時間40分 休憩なし 18日まで
 はじめてみたのが今年3月の第7号公演『今、出来る、精一杯。』で、それ以来の根本宗子となった。前回の印象があまりに強烈だったこともあり、ゴールデン街劇場の小さな空間で同じような調子かと想像するのはちょっとした恐怖であった。題名からしてキワモノを狙っているようであるし、公演チラシには「こんな嫌な話観たことがないくらい嫌な話になるだろう」、「少し卑猥なのは、タイトルだけ」、作者自身の恥ずかしい部分をさらけ出すものであるから、チケットを買うときに少しだけ恥ずかしい思いもしてほしいという、「私の無邪気な思いが込められている」などなど、いや無邪気というのか、こういうのは。

 都内のメイド喫茶の控室が舞台である。上手には店に通じるドア、中央にはメイドたちの着替えの衣装や私服、ぬいぐるみなどがあり、下手には小さなデスク、そのそばのドアはスタッフの通用口なのだろう。壁にはメイドの心得や注意事項などの紙が貼られ、上方には店内の様子が映るテレビモニターがある。狭い空間にたくさんのものがあり、4人のメイド、最近入ったばかりの経理担当の女性、関西弁で焼き肉好きのオーナー、なじみ客の男性が出たり入ったりを繰り返す。

 ゴールデン街劇場で10日間、15ステージの上演。月刊「根本宗子」、実に堂々たるものである。

 4人のメイドが中心の物語だが、そのうちの誰が主人公というつくりにはなっておらず、ストーリーに明確な起承転結があるわけでもない。メイドたちが出勤して着替えて店に出る。仕事を終えて退出する2日間の出来事が示されるだけである。前作が人物の性格も造形も話の流れも強烈で圧倒的だったため、今回もさぞかしと予想していた。時計をほとんど見なかったので正確ではないものの、1時間40分の上演時間のうち3分の2あたりまでは覚悟していたような過激な場面や描写はなく、冗長な印象すらあった。この話をどこに持ってゆき、どのように落とそうというのか。

 不安に似た気持ちが頭をもたげたとき、ある事件が起こる。いや正確に言えば、メイドのじゅんが父親からもらったという大切な財布がなくなるという事件が前半に起こる。その犯人がわかったあたりから、舞台は急激に熱気を放ちはじめるのだ。
 じゅんは4人のなかでは身持ちの堅そうなおっとりした娘だが、狂ったように相手を責めつづけ、決して許そうとしない。相手というのがこれがまた想像を絶する宇宙人ぶりで、現実にこのような人物をみたことはないが、心を病むなどといった可愛げはまったくなく、、「心というものがないのではないか」と思われる。そこにさらなる大事件が起こり、じゅんと相手のやりとりは宙に浮いてしまうのだ。

 今日は10月11日。東日本大震災からちょうど2年7ヶ月である。この日の観劇は単に自分の都合であり、震災に対する意識はまったくなかった。しかし終幕で舞台に起こった事件をみたとき、そしてそこからのメイドたちのやりとりを聞いたとき、軽くだが「やられた」という感覚に襲われた。
 一昨年の震災以来、劇作家のみならず、あらゆる分野のクリエイターが、この震災をどう受けとめるか、創作に反映させるべきか否か、自分に何ができるかを悩み抜いた。したたかに活かす人、逃れられない人、まったく動じていないと思われる人など、実にさまざまであった。だが本作で根本宗子が示したものは、これまでみたどの作品にもなかったことであり、公演チラシにあった「観たことがないくらい嫌な話」というのはまさにこの場面のことで、決して大げさではないと思わされるのである。
 作者の予想通り、「ほんとにいやだな」と嫌悪すると同時に、「よくぞ見せてくれた」と秘かに快哉を叫びたい気持ちもある。これは311をどう受け止めたかという根本宗子の意志表示であり、311以後に生まれた数々の創造物に対する一種の批評ではなかろうか。

 元女子高の教師でメイド喫茶の経理事務をすることになった女性など、なかなかおもしろい設定が落としどころなく終わっていたり、題名がやや勇み足というか出オチ的であったり、残念なところ、もの足りないところはある。また1時間40分をどのように構成するかは非常にむずかしいことでもあろう。

 弱冠23歳の女性がぶつける劇世界には、ずっこけたおかしみ、胸が悪くなるような悪意、痛ましいまでの純情、底知れぬしたたかさなど、ひとことでは言いきれないさまざまな魅力がある。次回公演は来年1月、タイトルは仮のものだが『夢も希望もなく』だそうで、しかし客席の自分は、早くも根本宗子の舞台に夢や希望を抱いていることに気づくのである。

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