因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『オレステスとピュラデス』

2020-11-29 | 舞台
*瀬戸山美咲作 杉原邦生演出 公式サイトはこちら KAAT神奈川芸術劇場 12月13日まで 
 杉原邦生はこの劇場において、2018年『オイディプスREXXX』でギリシャ悲劇を初演出し、翌2019年には上演時間10時間に及ぶ『グリークス』に挑戦
、3作めの本作『オレステスとピュラデス』で最終章となる。杉原演出の舞台は、今年はじめの唐十郎作『少女仮面』、シアターコクーンライブ配信『プレイタイム』、2014年『ハムレット』を観劇しているが、ギリシャ悲劇のシリーズはこの最終章が初めてとなった。

 姉と結託し、従兄弟で親友のピュラデス(濱田龍臣)の助けを借りて、不貞を働いた上に夫を殺した母親を亡き者にしたオレステス(鈴木仁)は、復讐の女神たちに苛まれる。遠くタウリケに向かい、神殿の彫像をギリシャに持ち帰れば呪いから解放されるというアポロンの神託を受け、オレステスとピュラデスは旅にでる。瀬戸山美咲は物語として残されていない若者たちの旅路に着目し、杉原邦生と長時間に渡る検討を重ねて戯曲を書き上げたとのこと。三谷幸喜の『大地』で初舞台を踏んだばかりの濱田、まさに今回が初舞台の鈴木を軸に、コロス役には若手、中堅、ベテランの充実した座組で、KAATの大舞台への船出となった。

 大鶴義丹と趣里がそれぞれ5役を演じ継ぎ、二人の困難な旅路と関係性の変容を示す。大鶴はピュラデスの父親に始まり、ドラアグクイーンばりの衣裳を纏った奴隷船の船長、兵士である自分たちが焼き払った村を再び訪れ、橋をかけようとする技術者など、単純な言い方になるが良い人から悪い人まで、ふり幅の大きな数役を演じ分ける。趣里も老婆、奴隷、粗野な男、純真な乙女など文字通り老若男女を演じ継ぐ。どの役も大鶴義丹、趣里だとよくわかる点に旨みがあって、「また出てきたな」、「今度はこのキャラか」と待ち受ける楽しみがあり、舞台にもメリハリが生まれた。

 もっとも、プロメテウスの衣裳やメイク、かつらはあれで良かったのだろうか。ふたりの若いギリシャ人の旅物語が、最後には戦争責任を問いかけ、次世代の若者、子どもたちがどう生きるべきかという大テーマを提示するのだが、それを重々しく諭し、温かさを以て導くのに、戯画めいた扮装には違和感がある。

 もうひとつ気になったのがピュラデスの口調である。冒頭、彼は父親に対して敬語を使わない。といって日常の口調ではなく、話し言葉として何となくぎくしゃくしており、最後だけ時代劇風に「父上」と呼ぶ。だがオレステスとの会話では、「うざい」、「何々じゃねーよ」など、ヤンキー風の言葉が増えてくる。それに対する微妙な違和感を言葉にするのは難しい。人物にどのような言葉で語らせるかは、劇作家がその人物をどう捉えているかということであり、劇作家の意図を測りかねるのである。

 現代的な手法でギリシャ悲劇を再構築し、作り手も受け手も既成概念から解放し、演劇とは何か、人間とは何かという根本的な問題を提示することが本シリーズの核であると思う。舞台には、2500年前の人物というより、止むことのない紛争と、それによって生まれる憎悪の連鎖に苦しむ現在の人々がむき出しのすがたを晒す痛々しさがあり、それゆえプロメテウスが「憎しみを消すのではなく、鎮めるのだ」と人々に訴える

 天井が高く、奥行きもある広々としたステージを存分に使い、ラップによる人物の心情を吐露や、激しい議論、未来の子どもたちへの切なる願いを歌い上げる様相は見応えも聴き応えもあり、2時間をたっぷりと楽しむことができた(ラップの作詞ならびに指導は、NHK連続テレビ小説「なつぞら」はじめいろいろなドラマ、CM、バラエティで注目度を高め、再来年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」への出演も決まった俳優の板橋駿谷である)。舞台経験の少ない若手が懸命に勤めるそばで、中堅やベテランが自分の持ち場を的確に捉え、舞台を支える。特に年老いたコロス役の外山誠二の台詞は、ラップの音楽に乗りながらも、歌うというより「語りかける」とような発語で、場面に力強さと温かさを生む。

 今もこの世には無数のオレステス、ピュラデスが存在する。苦しみもがきながら、希望の地を目指す。本作は「向かい合うことの物語」だと杉原は記す。ふたりの若者と、彼らをめぐる人々は互いに向かい合い、ぶつかり合って、それでも一緒に歩き続けようとする。その姿に観客もまた向かい合い、自分の心の中で、何かと、あるいは誰かと向かい合うことの困難を思い知り、そこから歩き出す勇気を得たのではないだろうか。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 語りと音楽による「夢十夜 ... | トップ | 2020年12月の観劇と俳句の予定 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事