因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

アンフィニの会 第8回公演『ラクガキ』

2022-04-19 | 舞台
*ジェラルド・シブレラス作 大間知靖子翻訳/演出 公式サイトはこちら 下北沢「劇」小劇場 24日まで
 「アンフィニ」とはフランス語で「無限」の意味を持つ。演劇集団円の演出家・大間知靖子と、同じく円の俳優・岡本瑞恵と藤田宗久の3名を発起人に、2010年3月に結成されたのが「アンフィニの会」である。
 大間知の手による舞台について本ブログに記事があるのは、2011年夏の演劇集団円のドラマリーディングvol.2『岸田國士戯曲を読む その1―あゝ結婚―』、2019年秋『ダウト―疑いをめぐる寓話―』の2本のみであった。しかし記憶をたどると、はじめて観劇した大間知演出の舞台は1982年、演劇集団円公演『アトリエ』(グランベール作、大間知翻訳)である。翌年は吉行和子の独り舞台『小間使いの日記』(ミルボー作)、円公演の1996年『薔薇と海賊』(三島由紀夫作)、同年冬は『釣堀にて』(久保田万太郎作)、2004年『Life×3』(ヤスミナ・レザ作)、おお、2000年春に渋谷ジャンジャン閉館の折の『授業』もあった…ブログ開設前の観劇がほとんどなのだが、アンフィニの会の主旨に「古今東西の古典から最新の作品まで幅広いレパートリーを誇る演劇集団円の演出家である大間知靖子」と謳われている通り、守備範囲の広さ、作品に対する柔軟性、手堅い作りのなかにも挑戦の姿勢が失われないことに驚嘆する。

 今回の『ラクガキ』は2004年パリで初演ののち、ポーランドで上演された作品の本邦初演である。マンションのエレベーター内の壁のラクガキを巡って、3組の夫婦が繰り広げる会話劇だ。

 引っ越してきたばかりのルブラン(山口眞司)が、「ルブラン=バカ」というラクガキを見つけたのが物語の発端だ。文言もさることながら、マジックやスプレーではなく、尖ったもので彫られているというから厄介である。誰の仕業か突き止めたいルブランは、マンションの古くからの住人ショレ夫妻(藤田宗久、岡本瑞恵)はじめ、ブーヴィー夫妻(田代隆秀、村中玲子)に相談を持ちかける。

 明確な悪意はないのだろうが、こういう言い方をされるとカチンときて、次第に相手への不信や憎悪が膨らんでいく様相が少しずつ、しかし確かに積み重なっていく様相が描かれる。やや神経質だが生真面目ゆえと思われたルブラン夫が徐々に病的な面を見せはじめたり、その妻(佐野美幸)がほかの夫妻たちと夫との会話の空気を察して、あいだを取り持とうと痛々しいまでに懸命になったり、台詞のちょっとした間やタイミングなど、緻密な構成の会話劇を立体化する丁寧な手つきが伝わる舞台だ。知的で鷹揚な印象のショレ夫がマンスプレイニング気味の振る舞いを見せたり、下世話な地金が剥き出しになるブーヴィー夫妻など、問題はラクガキにとどまらず、人種差別や偏見などにまで広がってゆき、3組の夫婦の巧みな造形が、おもしろいというより不気味ほどであった。

 ルブラン夫妻はどうなるのか、そもそもあのラクガキは誰がやったのか、謎は解明されない。まことに不穏な終幕だが、ご都合主義のハッピーエンドではないところが却って潔く、複雑な味わいを残す。随所で客席からは笑いも起こったが、わりあい控えめな反応であったのは初日の硬さもあろうが、本作が持つ「うっかり笑えない」ものへの警戒感ではないだろうか。
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