因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

空想組曲vol.5『遠ざかるネバーランド』

2010-02-15 | 舞台

*ほさかよう作・演出 公式サイトはこちら 中野・ザ・ポケット 14日で終了
 先月の風琴工房公演 ろばの葉文庫『僕らの声の届かない場所』ではじめて出会ったほさかようの作品に惹かれて、今回本拠地での公演に足を運ぶ。

 だいぶ前になるがホリプロの『ピーターパン』をみてほとんど楽しめなかった。ディズニーランドも苦手である。こういうことは言いにくい。あんなに夢いっぱいの楽しいところが嫌いだなんて、何と可愛げのない、夢のない人だと言われる(実際そこまで批判されたことはないけれども)からだ。大人になってからではなく、たぶん子どものころこから苦手だったのだろう。たとえ子どもがいても、自分は子どもをディズニーランドに連れていかない親になる。悪い親をもってかわいそうに・・・としてもしょうがない極端な想像すらしていた。自分には演劇集団円の「こどもステージ」があるじゃないかと思いなおしても、「ディズニー嫌い」をあたかも自分の欠点のように引け目に感じるのだった。

 本作も冒頭からウェンディとネバーランドの子どもたち、住人たちが繰り広げる非常にベタな描写が続き、気恥ずかしくてなかなか集中できなかった。まさかずっとこの調子ではあるまい。どこかで捻じれてくる、新しい展開がはじまるはずだと待ったが、その待ち時間が自分には少々長く感じられた。後半、どの登場人物も実はウェンディこと「ウエダイズミ」という女子高校生の話に集約されていくところから頭がはっきりしてきた。
 泳ぎの苦手な人魚が、勇ましいタイガーリリーが、ひとりぼっちの高校生イズミを映す鏡のひとつひとつだったことが明かされるところや、子どもたちのリーダーで、正義の味方であるはずのピーターパンが、実は空を飛べないことや自分の意のままにならない者を次々に消してしまう展開も予想外であった。客演含め、俳優はみな適材適所でダンスもアクションも稽古がしっかりされていることを示すものであった。

 ウェンディことウエダイズミが「空を飛びたい」というのは、この物語の場合自殺願望であり、自分の現実から逃げずにしっかり歩き出そう、あなたはひとりではないのだという地味ではあるが極めてまっとうな、皮肉っぽく言いかえるととややありきたりな地点にもっていく話と思えたが、どうなのだろうか。居心地のわるい感覚を抱えたまま劇場をあとにし、少し歩いてファーストフードの店でひといき入れる。店内が静かでありがたい。当日リーフレットの余白に今の思いをともかく書き出してみる。その内容は、本稿には半分しか表現できていない。もやもやした気分を切り替えるため、しばらく『坂の上の雲』を読んで、次なる劇場、神楽坂のシアターイワトに向かう。

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