因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

新春新派公演『明治一代女』

2014-01-23 | 舞台

*川口松太郎作 齋藤雅文演出 公式サイトはこちら 三越劇場 26日で終了
 自分の新派観劇歴はごくわずかである(1,2,3,4 番外編的にこちらに少々)。明確な認識や思い入れもなく、そういう意味ではよい観客とは言えないだろう。

 本作は明治時代に実際に起きた事件を題材に、川口松太郎が書き下ろした新派の名作と言われる作品だ。今年創立126年を迎える新派には、老舗の新劇系劇団の2倍近い歴史があるということになる。改めて考えるとこれはすごいことだ・・・。

 柳橋の芸者お梅(波乃久里子)と人気歌舞伎役者の沢村仙枝(市川春猿)は、将来を誓い合う仲にある。いわゆる御曹司ではない仙枝だが、努力が認められて来年の正月公演で師匠の名を襲名する話が持ち上がっている。それにはたいそうな金が入り用だ。老いた母とまだ学生の弟を養うお梅だが、惚れた男のため何とかしたいと思い悩む。
 芸者たちのなかでもことさら権勢を奮う秀吉(ひできちと読む/水谷八重子)は、二人の恋路がおもしろくない。秀吉から満座で笑いものにされたお梅はじっと耐えながらも女の意地を燃え立たせる。そこへお梅をひそかに慕う箱屋の巳之吉が、金の工面を申し出る。「ずっとお梅姐さんに惚れていた、どうかおれと夫婦になってほしい」。お梅の心は揺れる。

 義理と人情、色恋の情念、嫉妬、裏切りと、「新派」と聞いて思い浮かぶ要素がこれでもかと詰めこまれた大メロドラマである。相手を思って黙っていることや、逆に心を鬼にして言ったことが裏目に出て、しなくてもよい誤解や詮索を生み、些細な行きちがいを修復できないまま取り返しのつかない悲劇を迎える。

 たとえばシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の場合、若い恋人たちを何とかして幸せにしようと人々が知恵をしぼり、協力する。しかしやはりちょっとしたすれちがいや行きちがいによって、悲劇のレールをひた走ることになる。ロレンス神父がもうちょっと要領よく行動していればなあと毎回もどかしく思うのだが、それは感興を損なうものではなく、過程も結末もじゅうぶんわかっていてなお、毎回新鮮な気持ちで舞台を味わう手助けにさえなっているのである。

 しかしながら今回の『明治一代女』は、困惑ともどかしさが終始つきまとった。どうして男は話も聞かずすぐ怒りだすのだ、女もめそめそ泣いてないでしっかり説明しなさいよなどとつまらぬことを考えてしまうのだ。これぞ新派の持ち味、新派の醍醐味という箇所で、ことごとくつまづくのである。
 客席からときおり八重子や久里子への声もかかるが、歌舞伎のように舞台の流れや緩急を心得ためりはりのある大向こうではなく、拍手もまばらでじつに居心地が悪い。

 何よりもこの『明治一代女』じたいがもつ大時代性やメロドラマ性が、今日の観客に対してどこまでどのように有効であるのか、それを感じとれないことが最大の要因だ。
 歌舞伎は連綿と伝えられてきたものを尊重して継承し、そのなかに生身の俳優の存在を活かそうとするものだ。『勧進帳』は『勧進帳』のままでよいのである。いまの感覚からすれば、主君のために自分の子を犠牲にするなどとんでもないのだが、だからといって『寺子屋』や『熊谷陣屋』などが色あせることはない。

 新派は何を目指しているのだろうか。どんな時代でも好いた惚れたにまつわる悲喜劇はごまんとある。しかし『明治一代女』のお梅のふるまいには納得がゆかない。といって、野暮は言わず、あの時代の女の悲しさを味わおうと気持ちを切り替えることはむずかしい。何も三谷幸喜の新作を書きおろしなどと言わない。そんな必要はない。
 カーテンコールでは久里子に八重子がほんとうに腰を低くして観客に感謝し、若手の客演市川春猿も清々しく(でもお芝居はあまり精彩がなかったなあ)、佐藤B作はさすがに東京ヴォードビルショーの座長らしく、暴走すれすれのギャグをまじえ、最後は賑やかに一本締めで幕となる。ほんとうに楽しく、この心意気が新派を支えてきたのだと思う。しかし「これからも末長く、新派をお愛しくださいませ」という八重子のことばから溢れるような真心を感じながらも、「そのためにどうしようとしているのか」と疑問に変わってゆくのだ。

 年末にたまたま情報を得て観劇した「朗読新派」の『大つごもり』はすばらしかった。着物を着て草履をはき、畳に座って煙管でたばこを呑む。人力車に乗る。井戸からつるべで水を汲む。こうした所作をうわべの技術だけでなく、からだになじんだ習慣としてきちんとできる俳優を育てる場所として、新派の果たす役割は大きい。歌舞伎や新劇の作り手と交わり、テレビや映画にも積極的に出演して、新派の必要性、必然性を知らしめてほしいのだが。

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