健さんの偉大さを忘れないために、昨日に引き続き、『単騎、千里を走る』の中国プレミア報道をまとめておきましょう。gooニュースに登場した順に3紙記録しておきます。
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ロケ地市民大歓迎!高倉健が主演映画の中国プレミアに出席 (サンケイスポーツ) - goo ニュース
2005年12月17日 (土) 02:26
【中国・雲南省16日】俳優、高倉健(74)が16日、主演映画「単騎、千里を走る。」(チャン・イーモウ監督、来年1月28日公開)の撮影地、雲南省麗江市内で行われた中国プレミアに出席した。健さんはこの日朝、高校の後輩で盟友だった仰木彬オリックス前監督の訃報を知らされ、「ショックです」と肩を落とした。だが、セレモニーでは悲しみをこらえ、市民の大歓迎に笑顔。ゆっくりとレッドカーペットを歩き、日中の友情をかみ締めた。
撮影から約1年ぶりとなった健さんの“帰宅”を、麗江市民が町をあげて祝福した。瓦屋根の建物が連なり、世界文化遺産に登録されている麗江古城の広場で、少数民族約500人がお祭り騒ぎ。赤、青、紫、緑など華やかにライトアップされた会場周辺では約1万人が出迎えた。
熱烈な歓迎ぶりに、健さんは、照れながら階段状のレッドカーペットを歩き、ステージに立つとすぐさま振り返って手を振り、にっこり。普段はあまり表情を崩さない健さんも、喜びを隠し切れない様子だ。
同作は、健さんとイーモウ監督の実に約15年に及ぶ友情から生まれた映画。1人の日本人と中国人との触れ合いを描いた物語で、撮了後、健さんが涙を流すほど思い入れの深い作品。北京や上海など大都市ではなく、あえて麗江でプレミアを行ったのには、健さんらキャストの「一緒に作った場所だから」という熱い思いから。健さんは「まだ撮影から1年も経っていないような感じです」と記憶は鮮明だ。
その記念すべきプレミアの朝、健さんのもとに1本の悲しい知らせが届いた。同じ福岡県中間市生まれで東筑高校の後輩仰木監督の死。近鉄監督で優勝した際には腕時計を贈り、その時計は仰木さんから愛弟子の金村義明氏に譲られた。平成8年のオリックス日本一にはいち早く祝電。同年、中間市の式典に、仰木さんに会うためわざわざスケジュールを調整して駆けつけ、話し込んだ。
「早いね…。ショックでした。思い出はいっぱいあります。そういう時代が来たということですかね」。盟友の死に、悲しそうに目を伏せ、言葉少な。それでも筑豊の男は、深い悲しみを、そして涙を押し隠した。
プレミア前に行われた会見では、中国人キャスト1人ひとりと抱き合い握手。「(言葉は分からなくても)手を握るだけで通じ合える。僕はそう思いますね。不思議なもの。同じ船に乗って旅(=撮影)に出ると、そういう気持ちになるんでしょうね」とにっこり。「この映画で日中の距離が縮まった? もしそう感じていただけたら、こんなに嬉しいことはないですね」と目を細めていた
健さん感無量!中国試写会で熱烈歓迎 (スポーツニッポン) - goo ニュース
2005年12月17日 (土) 06:13
高倉健(74)と中国の巨匠チャン・イーモウ監督(54)がタッグを組んだ映画「単騎、千里を走る。」が16日、ロケが行われた中国雲南省の麗江市でお披露目された。公私にわたって親交のあった仰木彬オリックス前監督の悲報が当地にも届き、このときばかりは「ショックです。思い出がありすぎて…」と言葉少なに話した。
中国での健さん人気はすごかった。空港からポスターが張られ、街中で歓迎ムード一色。まるで一国の元首を迎えるようなお祭り騒ぎで、約10カ月ぶりに訪れた高倉を市民約1万人が熱烈に迎えた。
22日の中国全土での公開を前に開催されたプレミア。ナシ族ら6民族の女性500人が民族衣装で踊りを披露する中、高倉とチャン監督がレッドカーペットを踏みしめて入場。花火も打ち上げられ、新聞200社、テレビ20局などがこの模様を伝えた。
小泉首相もうらやみそうな歓迎ぶりに高倉も感無量の様子。「北京ではなく、この麗江で完成披露試写会が行われたことが何よりうれしい。出演者たちとの再会にもジーンときました。中国では“泣かない男”“笑わない男”といわれてきたようですが、ちょっと…」と話して目を潤ませた。
一方で、悲報に言葉を失った。仰木氏は同じ九州・福岡県の出身。東筑高校では高倉が4年先輩にあたり、卒業後に親交を深めていった。「けさ(16日朝)聞きました。ショックですね…」と一言一言をかみしめるようにつぶやいた。
92年公開の映画「ミスター・ベースボール」で監督役を演じた際、役づくりのためにアドバイスを送ってくれたのが仰木氏だった。96年、オリックスを日本一に導いた時には祝福の手紙とロレックスの時計もプレゼント。関係者によれば、テレビに映る後輩を見て「仰木もいい顔になってきた」としみじみ話していたという。04年、野球殿堂入りした際にはパーティーの発起人も務め、トークショーにもゲスト参加するほどの親密な関係を築いていた。
それだけにこみあげる悲しみを抑えるのが精いっぱい。「思い出がいっぱいありすぎて…そういう時代が来てしまったということでしょうか」と、寂しそうな表情を浮かべた。
高倉健さん、雲南省で1万人熱烈歓迎 (日刊スポーツ) - goo ニュース
2005年12月17日 (土) 09:50
【雲南省(中国)麗江16日=松田秀彦】高倉健(74)主演の中国映画「単騎、千里を走る。」のプレミア上映会が撮影地だった当地で行われ、高倉を約1万人が歓迎した。会場は世界遺産に指定された麗江古城の中心地。テーブルを300メートル連ねた長卓宴形式の食事会、民族衣装を着た市民500人のダンス。来年の俳優生活50周年を祝う花火が打ち上げられるなど、心のこもった演出で日本映画界の至宝を迎えた。
高倉は想像を上回る熱い歓迎に驚くばかりだった。会場には中国で最も人気のある日本人俳優をひと目見ようと約1万人の群衆が集まった。「いやあ、本当にびっくりしましたね」。
圧巻は少数民族による“ウエルカムダンス”。会場前広場で民族衣装姿の500人が、音楽に合わせて踊り続けた。高倉は警備スタッフに先導され、チャン・イーモウ監督と盛り上がる広場の真ん中を歩き抜けた。風光明媚(び)な古都の夜に、大歓声と拍手が鳴り響いた。
前日15日に同監督と北京で合流して麗江入りした。2カ月に及ぶ撮影をともにした子役ら共演者と10カ月ぶりに再会。握手を交わし抱き合うと「ジーンときました。感動して言葉が出ない」という。
1年前のこの日は撮影中だった。標高2300メートルの高地。スタッフはすべて中国人。出演者にいたってはすべて地元の一般人。高倉は慣れない厳しい環境にたった1人で立っていた。それでも誰にも礼儀正しくやさしく接した。スタッフはもちろん、撮影に協力した市民もその人柄に心を打たれた。高倉も言葉や文化の壁を越えた気遣いに打たれた。「感動の連続でした」。映画のテーマ「真心」をそのまま体感した。撮影最終日には互いに別れを惜しみ、涙を流した。
麗江は今年に入って大洪水に見舞われた。高倉は現地に激励のメッセージとヒマワリの種を送った。共演者たちはまたも涙を流した。こうした心のつながりが、この日のイベントの盛り上がりの背景にあった。
上映会は当初、北京で開催予定だった。麗江のある雲南省の協力も得て、撮影地で披露する幸せに恵まれ、高倉も「個人的にはこちらの方がうれしかった。同じ船に乗って旅をしたという思いが強いですから」と喜んだ。
高倉は麗江入り前に「中国では(映画のイメージから)泣かない男、笑わない男なので、涙を見せまい」と決めていたが、この日は口を真一文字に結び、こみ上げてくるものを抑えるのに必死だった。
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健さんという日本の俳優の素晴らしさを中国の人々が判ってくれたというニュースを聞くと嬉しくなります。
政治的背景を抜きにすれば、決して日中関係は悪くないのかもしれません。
それに、仰木監督に対する、健さんの思いやり。さすがです。金村義明氏には、健さんから送られたローレックスの腕時計を大切にしてもらいたいものです。(それにしても、ウラヤマシイイイイイイイ!)
ともあれ、健さんの偉大さに乾杯!
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ロケ地市民大歓迎!高倉健が主演映画の中国プレミアに出席 (サンケイスポーツ) - goo ニュース
2005年12月17日 (土) 02:26
【中国・雲南省16日】俳優、高倉健(74)が16日、主演映画「単騎、千里を走る。」(チャン・イーモウ監督、来年1月28日公開)の撮影地、雲南省麗江市内で行われた中国プレミアに出席した。健さんはこの日朝、高校の後輩で盟友だった仰木彬オリックス前監督の訃報を知らされ、「ショックです」と肩を落とした。だが、セレモニーでは悲しみをこらえ、市民の大歓迎に笑顔。ゆっくりとレッドカーペットを歩き、日中の友情をかみ締めた。
撮影から約1年ぶりとなった健さんの“帰宅”を、麗江市民が町をあげて祝福した。瓦屋根の建物が連なり、世界文化遺産に登録されている麗江古城の広場で、少数民族約500人がお祭り騒ぎ。赤、青、紫、緑など華やかにライトアップされた会場周辺では約1万人が出迎えた。
熱烈な歓迎ぶりに、健さんは、照れながら階段状のレッドカーペットを歩き、ステージに立つとすぐさま振り返って手を振り、にっこり。普段はあまり表情を崩さない健さんも、喜びを隠し切れない様子だ。
同作は、健さんとイーモウ監督の実に約15年に及ぶ友情から生まれた映画。1人の日本人と中国人との触れ合いを描いた物語で、撮了後、健さんが涙を流すほど思い入れの深い作品。北京や上海など大都市ではなく、あえて麗江でプレミアを行ったのには、健さんらキャストの「一緒に作った場所だから」という熱い思いから。健さんは「まだ撮影から1年も経っていないような感じです」と記憶は鮮明だ。
その記念すべきプレミアの朝、健さんのもとに1本の悲しい知らせが届いた。同じ福岡県中間市生まれで東筑高校の後輩仰木監督の死。近鉄監督で優勝した際には腕時計を贈り、その時計は仰木さんから愛弟子の金村義明氏に譲られた。平成8年のオリックス日本一にはいち早く祝電。同年、中間市の式典に、仰木さんに会うためわざわざスケジュールを調整して駆けつけ、話し込んだ。
「早いね…。ショックでした。思い出はいっぱいあります。そういう時代が来たということですかね」。盟友の死に、悲しそうに目を伏せ、言葉少な。それでも筑豊の男は、深い悲しみを、そして涙を押し隠した。
プレミア前に行われた会見では、中国人キャスト1人ひとりと抱き合い握手。「(言葉は分からなくても)手を握るだけで通じ合える。僕はそう思いますね。不思議なもの。同じ船に乗って旅(=撮影)に出ると、そういう気持ちになるんでしょうね」とにっこり。「この映画で日中の距離が縮まった? もしそう感じていただけたら、こんなに嬉しいことはないですね」と目を細めていた
健さん感無量!中国試写会で熱烈歓迎 (スポーツニッポン) - goo ニュース
2005年12月17日 (土) 06:13
高倉健(74)と中国の巨匠チャン・イーモウ監督(54)がタッグを組んだ映画「単騎、千里を走る。」が16日、ロケが行われた中国雲南省の麗江市でお披露目された。公私にわたって親交のあった仰木彬オリックス前監督の悲報が当地にも届き、このときばかりは「ショックです。思い出がありすぎて…」と言葉少なに話した。
中国での健さん人気はすごかった。空港からポスターが張られ、街中で歓迎ムード一色。まるで一国の元首を迎えるようなお祭り騒ぎで、約10カ月ぶりに訪れた高倉を市民約1万人が熱烈に迎えた。
22日の中国全土での公開を前に開催されたプレミア。ナシ族ら6民族の女性500人が民族衣装で踊りを披露する中、高倉とチャン監督がレッドカーペットを踏みしめて入場。花火も打ち上げられ、新聞200社、テレビ20局などがこの模様を伝えた。
小泉首相もうらやみそうな歓迎ぶりに高倉も感無量の様子。「北京ではなく、この麗江で完成披露試写会が行われたことが何よりうれしい。出演者たちとの再会にもジーンときました。中国では“泣かない男”“笑わない男”といわれてきたようですが、ちょっと…」と話して目を潤ませた。
一方で、悲報に言葉を失った。仰木氏は同じ九州・福岡県の出身。東筑高校では高倉が4年先輩にあたり、卒業後に親交を深めていった。「けさ(16日朝)聞きました。ショックですね…」と一言一言をかみしめるようにつぶやいた。
92年公開の映画「ミスター・ベースボール」で監督役を演じた際、役づくりのためにアドバイスを送ってくれたのが仰木氏だった。96年、オリックスを日本一に導いた時には祝福の手紙とロレックスの時計もプレゼント。関係者によれば、テレビに映る後輩を見て「仰木もいい顔になってきた」としみじみ話していたという。04年、野球殿堂入りした際にはパーティーの発起人も務め、トークショーにもゲスト参加するほどの親密な関係を築いていた。
それだけにこみあげる悲しみを抑えるのが精いっぱい。「思い出がいっぱいありすぎて…そういう時代が来てしまったということでしょうか」と、寂しそうな表情を浮かべた。
高倉健さん、雲南省で1万人熱烈歓迎 (日刊スポーツ) - goo ニュース
2005年12月17日 (土) 09:50
【雲南省(中国)麗江16日=松田秀彦】高倉健(74)主演の中国映画「単騎、千里を走る。」のプレミア上映会が撮影地だった当地で行われ、高倉を約1万人が歓迎した。会場は世界遺産に指定された麗江古城の中心地。テーブルを300メートル連ねた長卓宴形式の食事会、民族衣装を着た市民500人のダンス。来年の俳優生活50周年を祝う花火が打ち上げられるなど、心のこもった演出で日本映画界の至宝を迎えた。
高倉は想像を上回る熱い歓迎に驚くばかりだった。会場には中国で最も人気のある日本人俳優をひと目見ようと約1万人の群衆が集まった。「いやあ、本当にびっくりしましたね」。
圧巻は少数民族による“ウエルカムダンス”。会場前広場で民族衣装姿の500人が、音楽に合わせて踊り続けた。高倉は警備スタッフに先導され、チャン・イーモウ監督と盛り上がる広場の真ん中を歩き抜けた。風光明媚(び)な古都の夜に、大歓声と拍手が鳴り響いた。
前日15日に同監督と北京で合流して麗江入りした。2カ月に及ぶ撮影をともにした子役ら共演者と10カ月ぶりに再会。握手を交わし抱き合うと「ジーンときました。感動して言葉が出ない」という。
1年前のこの日は撮影中だった。標高2300メートルの高地。スタッフはすべて中国人。出演者にいたってはすべて地元の一般人。高倉は慣れない厳しい環境にたった1人で立っていた。それでも誰にも礼儀正しくやさしく接した。スタッフはもちろん、撮影に協力した市民もその人柄に心を打たれた。高倉も言葉や文化の壁を越えた気遣いに打たれた。「感動の連続でした」。映画のテーマ「真心」をそのまま体感した。撮影最終日には互いに別れを惜しみ、涙を流した。
麗江は今年に入って大洪水に見舞われた。高倉は現地に激励のメッセージとヒマワリの種を送った。共演者たちはまたも涙を流した。こうした心のつながりが、この日のイベントの盛り上がりの背景にあった。
上映会は当初、北京で開催予定だった。麗江のある雲南省の協力も得て、撮影地で披露する幸せに恵まれ、高倉も「個人的にはこちらの方がうれしかった。同じ船に乗って旅をしたという思いが強いですから」と喜んだ。
高倉は麗江入り前に「中国では(映画のイメージから)泣かない男、笑わない男なので、涙を見せまい」と決めていたが、この日は口を真一文字に結び、こみ上げてくるものを抑えるのに必死だった。
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健さんという日本の俳優の素晴らしさを中国の人々が判ってくれたというニュースを聞くと嬉しくなります。
政治的背景を抜きにすれば、決して日中関係は悪くないのかもしれません。
それに、仰木監督に対する、健さんの思いやり。さすがです。金村義明氏には、健さんから送られたローレックスの腕時計を大切にしてもらいたいものです。(それにしても、ウラヤマシイイイイイイイ!)
ともあれ、健さんの偉大さに乾杯!
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