1週間のうち5日以上、6時間以上の睡眠を取った社員に対し、社内食堂などの買い物で使えるポイントを提供する――。ブライダル企業のCRAZY(東京都墨田区)は2018年10月から、こんな福利厚生制度を始めている。

 社員の健康促進と生産性向上を図る狙いで、その名も「睡眠報酬制度」。繁忙期は激務になりがちな婚礼業界だが、同社はよく眠った社員を表彰するなど施策の浸透に注力し、現在は全社員(85人)の5〜6割が利用している。

 テレワークを許可したり、一部業務をアウトソースしたりと、仕事の取り組み方を見直すことで「働き方改革」を進める企業は多いが、睡眠という“業務外”の習慣の改善を図ろうとする企業はあまり見かけない。

 CRAZYはなぜ、この制度を始めたのか。また、開始から5カ月で社内にどんな変化があったのか。同社は3月13日に会見を開き、詳細を明らかにした。

●社員が健康じゃないともうからない

 「社員が健康じゃないと(生産性が落ちて)もうからないし、経営者も幸せじゃない。睡眠にメスを入れたいと思っていた」。CRAZYの森山和彦社長はこう話す。

 この制度を始める前、同社スタッフの平均睡眠時間は約5時間30分。社内調査で「週に1日〜ほぼ毎日、睡眠・休息の取り方が原因でパフォーマンスが出ない日がある」と答える人が7割を占めるなど、多忙やプライベートの習慣によって長く眠れない人が多かった。

 改善の必要性を感じていた森山社長は試行錯誤の末、「現代は労動管理が重要視されているが、世の中には逆転の発想が必要。あえて労働以外のことを管理し、『寝たらお金が出る』という制度を作ったら面白い」とひらめいた。

●エアウィーヴ社長も協力

 そんな折、森山社長はひょんなことから、寝具メーカー・エアウィーヴ(東京都中央区)の高岡本州社長と知り合う機会を得た。一連の社内課題を伝え、協力を願い出たところ、高岡社長は快諾。エアウィーヴの知見を取り入れながら睡眠の改善に向けた福利厚生制度を整えることが決まった。

 こうしてできた「睡眠報酬制度」では、社員の睡眠時間の測定に、エアウィーヴが開発した睡眠計測アプリ「airweave sleep analysis」を使用。同アプリは、起動させた上でスマートフォンを枕元に置いたまま寝ると、睡眠中の体の動きを感知し、睡眠時間や寝つき、眠りの深さなどを測定できる仕組みだ。CRAZYの社員は、測定結果をダウンロードし、CVS形式で会社側に提出することで、ポイントを獲得できる。

 また、CRAZYの社員は眠りの質を高めるため、エアウィーヴの寝具を割安で購入することも可能という。

●報酬のポイントは社食などで使える

 報酬の内容は、6時間以上の睡眠を5日間連続で達成した場合は500ポイント、6日間連続の場合は600ポイント、7日間連続の場合は1000ポイント。休日の夜更かしが業務に悪影響を及ぼすケースもあるため、営業日だけでなく休日の夜も測定対象となり、1カ月間毎日計測した場合は「皆勤賞」として1000ポイントが付与される。

 価値は100ポイント=100円。社内のカフェや食堂で、コーヒーやおにぎり、スイーツなどを購入する際に使用できる。CRAZYの担当者は「当社は添加物などを用いない食品を社内で提供しているため、たくさん眠ることで健康的な食品が手に入り、健康によいサイクルを回せる」と自信を見せる。

 同社のこだわりが込められた睡眠報酬制度だが、社内にすんなりと受け入れられたわけではない。ある男性社員は「自分は思いっきり働きたいので、この制度は使わない」と主張し、スタートしたばかりの時期に“拒否”。「アプリの起動をうっかり忘れた」などの理由で、睡眠の計測になかなか慣れない社員も一部いたという。

●社内にどんな効果をもたらした?

 だが、森山社長が社内外で告知し、メディアが報道した影響などもあり、初月(18年10月)は社員の6割に当たる53人が計測。計測者の平均睡眠時間は5時間49分(従来比+19分)に改善され、総計で1万1000ポイントが付与された。中には一人で4000近いポイントをためた“猛者”もいたという。

 一方、繁忙期のクリスマスが近づくにつれて社員の負担が増えた影響で、計測者数は11月は45人、12月は39人に落ち込んだ。ただ、計測者の平均睡眠時間は、11月は5時間30分(前月比−19分)だったのに対し、12月は6時間8分(同+38分)と大幅に向上。計測が完全に習慣化した層は繁忙期においても工夫し、睡眠時間を捻出していることがうかがえたという。

 繁忙期が過ぎると計測者も少しずつ戻り、19年1月は44人、2月は49人が睡眠時間を記録。平均睡眠時間は1月が6時間25分(+17分)、2月が6時間17分(−8分)と比較的堅調に推移した。2月には、毎日よく眠って4100ポイントもの報酬をため、社内での食事を楽しんだ人もいたそうだ。

 CRAZYの担当者は「かつては(繁忙期は)仕事ありきで、余った時間を睡眠に充てる人が多かったが、いまは睡眠時間を確保することを重視し、そこから逆算して1日の仕事内容を決める人が増えた。『無理に残業せず、朝早く出社して頑張る』と働き方を変えた人もいる」と明かす。

 また森山社長は、こうした睡眠の記録をマネジメントに生かす取り組みも始めており、「産業医とデータを共有し、眠れていない人が多いチームの人員増を検討したり、睡眠不足の社員のタスクを減らしたりと、労働環境の改善につなげている」と明かす。

●スポーツをした社員にもポイント付与へ

 今後は、睡眠以外の健康的な取り組みに対してもインセンティブを付与していく計画で、「(健康的な)食事をした社員や、スポーツをした社員にポイントを提供する案も検討中」(森山社長)とのこと。“業務外”の行動が対象なので強制的な管理はできないが、こうした工夫を凝らすことで社員の体調やモチベーションを保っていくという。

 社員のコミュニケーションの活性化にも注力する森山社長は、社員全員が一堂に会し、毎日一緒に昼食をとることも制度化している。現在はすっかり定着しているそうだが、当初は多様な反響があり、なじむまでに6年ほどかかったという。睡眠報酬制度の定着もじっくりと進める考えで、「1年か、もっとかかりそうだが、たくさんの人に利用してもらいたい」(森山社長)と意気込んだ。

**********

私生活まで管理するという発想は、ちょっとうざったい気もします。ですが、社員の健康管理が会社の発展につながるという発想は間違っていません。

しっかり眠って、しっかり働く。CRAZY社の未来が、楽しみです。