幼稚園や小学生の課外事業でよくある、バスの「乗り方教室」が、高齢者向けに行われることが増えてきました。長年バスを利用していなかったため、乗ること自体に抵抗を感じる人も。これが運転免許返納のひとつの壁にもなっています。

高齢者向け「市内路線バスでお買い物ツアー」も

 バスや鉄道の利用に慣れない子どもに、きっぷの買い方や車内マナーなどを教える「乗り方教室」は、いまも昔も幼稚園や小学校における課外授業の定番でしょう。ところが2019年現在、こうした教室を高齢者向けに開催するケースが増えています。

 たとえば福島県内でバスや鉄道を運行する福島交通は、県内各地で定期的に高齢者向け「バスの乗り方教室」を実施しています。バスを長年使っていなかった人は、乗車方法やICカードをタッチする場所がわからないなど、初歩的なことで戸惑うケースもあることから、その不安を解消することが目的です。参加者からは、「近くにバス路線があることにも初めて気づいた」「ノンステップバス(地上との段差を極力取り除いた低床式のバス)がここまで乗りやすいと思わなかった」といった声があり、新しい発見につながることも多いといいます。

 茨城県常陸太田市では、市と茨城交通が「市内路線バスを乗り継いで行く『道の駅ひたちおおた』ツアー」を不定期に開催しています。参加者が自宅近くのバス停から乗車し、別路線へ乗り継ぎ道の駅や地元スーパーで買い物をするというもので、バスの乗り方だけでなく、それが「日常生活にどう役立つか」まで体験できるというわけです。

 ツアーの参加には乗車ぶんの運賃がかかりますが、ICカードの利用で割引となり、75歳以上の高齢者にバス運賃を補助する市の制度を利用すれば、さらに安くなります。市としては、そうした制度をアピールできる絶好の機会でもあるのです。茨城交通によると、ツアーを開催した地区では、バスの利用者が月あたり数名ほど増加しているといいます。

「免許返納には公共交通の充実を」の前にすべきこと

 高齢者向けの「乗り方教室」が行われる背景には、高齢者による自動車事故の増加があります。運転に不安のある高齢者が自家用車に頼らなくても移動できる環境をつくるべく、国や自治体が公共交通の運賃助成、路線やダイヤの整備を進めるなどして、運転免許の自主返納をサポートしていますが、なかには「最後に路線バスに乗ったのは子どものころ」という高齢者も。数十年ぶりに乗車するとなると不安になり、抵抗を感じる人もいるようです。

 2018年に市内循環バスの乗り方教室を行った鳥取県境港市によると、教室を通じてまず交通機関を体験してもらうことが、「自家用車から公共交通へ」の流れにつながり、高齢者の免許返納の増加にも寄与していると話します。教室で配布する無料乗車券の利用状況も順調で、参加者からは、「鉄道とバスの接続がよくない」「運行系統ごとにバスを色分けすればわかりやすいのでは」など、積極的な意見も寄せられるようになったといいます。

 一方、東海地方のある市では、高齢者へ向けた大規模な公共交通の運賃助成で免許返納が急増し、「公共交通への転換」にある程度成功したものの、実際にはさまざまな問題が出ています。バスに不慣れな人の利用が増加し、運行に影響を与えるケースもあるのです。現地の運転手さんによると、慣れない人は自分が乗るべきバスや乗車方法がわからず、走行中も車内で歩き回ることもあり、その都度ていねいに乗車方法や車内マナーを説明するなど、気の抜けない状況が長らく続いたといいます。

 警察庁が75歳以上で運転免許を更新した人、自主返納した人それぞれに向けて行ったアンケートでは、7割の人が、返納のために交通機関の発達とその支援が必要と答えています。しかし、運賃助成や路線の新設・増発などを進めたとしても、乗ってもらわなければ意味がありません。公共交通に親しんでいなかった人に、まず体験してもらい、馴染んでもらうことは、すべての利用者にとって重要なことではないでしょうか。

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公共交通機関が極限まで発達した東京でも、高齢者がとんでもない交通事故を起こしています。それ以外の公共交通機関が発達していない地域なら、なおのこと自家用車の運転にしがみつくものでしょう。

ですが、高齢者の運転能力は日に日に衰えていくもの。大らかな気持ちで免許返納をして、うまく公共交通機関を使ってもらいたいものです。