すばらしい企画展です。
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最期のラブレターに涙…戦艦ミズーリで特攻展
読売新聞 2015年07月23日 18時44分
終戦直後に日本の降伏文書の調印式が行われ、現在は米ハワイの真珠湾に係留されて記念館となっている戦艦ミズーリで、旧日本軍による特攻隊の企画展が開かれている。
鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館が初めて海外に資料を貸し出し、隊員の遺書や遺品、遺影など約100点を展示。会場では、アメリカ人にとって理解しがたかった「カミカゼ」の実像に接し、涙ぐむ人も見られた。
「戦後70年に合わせた企画展で、カミカゼ特攻隊を通して戦時中の日本人のことを多くのアメリカ人にも知ってほしい」。ミズーリ記念館から特攻平和会館に打診があったのは今年初め。会館側も「理解が深まれば」と趣旨に賛同し、資料管理の責任者だった桑代睦雄さん(54)らが出展数などの折衝を重ね、4月から企画展が始まった。会期は11月までの予定だが、延長も検討しているという。
会場には、隊員が親や婚約者、子どもらに書いた遺書が英訳、現代語訳とともに展示され、米本土、オーストラリア、韓国など各国の観光客らが訪れている。
<幼い頃、我等子供に尽くされた母のご苦労今になってわかり実に尊いものでありました>
<桐の小箱(遺骨箱)となって私は故郷に帰ってきます>
<散っていく男子として、女性であるあなたに少し言って征き度い。あなたの幸せを希う以外に何物もない>
来館者は、隊員の思いを感じ取ろうとするかのように、遺影に触れたり手紙を指でたどったりしながら展示品に見入っていた。
父親が第2次世界大戦で従軍したというカリフォルニア州のメアリー・カーソンさん(64)は、特攻隊員の最期のラブレターを読み、「死の恐怖と、恋しい人と別れるつらさはどれほどだったかと思い、涙があふれた。遺品が戦争のむごさを訴えてくる」と目を潤ませて語った。
来館者が自由に意見を書き込めるノートも置いてある。「人間らしい素直な思いが胸に迫り、涙を流した」「敵の顔、人生が人間らしく映った」「心が張り裂けそうだ」といった英文の感想や、「アメリカの女性が遺書を読んで泣いてくれていた。思わず抱き合った。人間の悲しみは一緒だと思った」という日本人の女性来館者の書き込みもあった。
ミズーリは沖縄上陸作戦に参加中の1945年4月11日、鹿児島県・喜界島沖で、特攻機から右舷艦尾に体当たりされた。機体は甲板に乗り上げ、特攻隊員は死亡。その時に受けた衝突の跡が甲板に残っており、突撃の瞬間や特攻隊員を水葬した当時の写真も展示されている。
アメリカでは命を捨てて敵艦に体当たりする特攻を「狂気」とする考えが根強いとされ、桑代さんらは当初、展示をためらっていた。「ありのままを感じてもらうしかない」と協力したが、来館者の反応を知って「戦争の悲惨さに涙する思いは、日本もアメリカも同じだ」との思いを新たにした。
ミズーリ記念館のマイク・カー館長は「戦争を体験した人は、悲しみ、恐怖、勇気、祖国への義務感など、多くの感情を背負って生きた。彼らの人間らしさを感じてほしい」と話している。(山田裕子)
◆戦艦ミズーリ=記念館によると、1944年6月に就役。45年2月の硫黄島上陸作戦などに参加した。45年9月2日、東京湾の艦上で降伏文書の調印式が行われた。その後、朝鮮戦争にも出動。55年の退役後、86年に再就役し、91年の湾岸戦争にも出動した。99年から記念館になった。
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それにしても、こういう企画展が実施できるのに、70年もかかってしまったというのに驚かされます。もし民主党政権だったら、安倍政権ではなかったら、いまでもこういうものは実施されなかったことでしょう。日米同盟の強化と安倍政権に、拍手です。
特攻作戦自体が「外道」の作戦であったとしても、それに殉じた英霊の皆さんの貴重な遺志は尊ぶべきです。英霊の方々の貴重な死を犬死にしないためにも、国防の重要性を日本人はもっと理解しなければなりません。
合掌。
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