忍之閻魔帳

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映画「波紋」歯痒さを振り払い、私は踊る

2023年05月24日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


▼映画「波紋」歯痒さを振り払い、私は踊る



05月26日公開■邦画:波紋

「かもめ食堂」「めがね」「川っぺりムコリッタ」など
穏やかな中に独特のファンタジックで少しビターな世界観を混ぜ込む
荻上直子監督の最新作「波紋」が5月26日より公開される。
主演は「淵に立つ」で映画賞を総なめにした筒井真理子。
夫の失踪をきっかけに新興宗教にハマった主婦が、
ストレス禍の生活の中で生き抜こうとする姿を描く絶望エンターテイメント。
共演は光石研、磯村勇斗、柄本明、安藤玉恵、平岩紙、木野花、キムラ緑子。

須藤依子はごく平凡な主婦。
人並みの一軒家に住み、夫と息子、介護の必要な夫の父との
4人暮らしを送っていたが、夫の修が失踪した日を境にサイクルに歪みが生じてしまう。
神の水を崇める「緑命会」なる新興宗教に心の拠り所を求めた依子を
見かねた息子の拓哉は、高校卒業と同時に家を出ていき、
依子はますます「緑命会」への依存度を高めていった。
そんなある日、修がふらりと舞い戻ってきた。
癌の告知を受け余命幾許もないらしい。
ひとりで義父を看取った依子は冷めた気持ちで修の話を聞いていたが・・・。


荻上監督は現在51歳。
出世作の「かもめ食堂」を撮ったのは2006年なので、34歳。
思えば、荻上作品のいくつかは、監督の心の内を投影し
映画という形に封じ込めることで浄化してきたところがあるように思う。
「かもめ食堂」「めがね」でスローライフ映画というジャンルを確立し
配給会社スルーキートスの方向性すら決めてしまった監督だが
初期作品では特に意味のないシーンのように描いてきた
メッセージの輪郭を、近作ではくっきりと描くようになってきている。

2022年の「川っぺりムコリッタ」(下記に紹介あり)で、
いよいよ「暮らし」のすぐ隣にある「命」「食」「死」と向き合い、
本作ではさらにもう一歩踏み込んで、最後に頼りになるのは自分だけだ、
どう生きるかは自分で決めるしかないのだという力強いメッセージを打ち出してきた。
「かもめ食堂」に出てきたトランクいっぱいのキノコや、
プールを泳ぐ姿(本作でも依子が泳ぐシーンが登場する)、
「めがね」に出てきた「あー死にたい」とボヤく教師や、
薬師丸ひろ子が仕切る怪しげなコミュニティ、捨てていくスーツケースなど
「何かのメタファーなのか」「特に意味はないだろう」「深く考えずに楽しんだ方がいい」と
数々の考察を生んだ諸々のシーンは、全て本作への布石とと言えるのかも知れない。



野菜嫌いの子供のため、人参やほうれん草をミキサーにかけスープに混ぜ込む母親のように、
心の内の毒を、そうと見えない形で映画に忍ばせてきた荻上監督は
本作で筒井真理子という最高の味方を得て、夫や子への不満をはっきりと口にし
怒りに震え、匙を投げ、波状攻撃でやってくる数々の絶望を笑い飛ばしている。
その姿はとても逞しく、美しい。

本作に登場するコミカルなシーンは、依子にとって水泳の息継ぎのようなもの。
ユーモアがあるから救われるのではなく、ユーモアでもなければやっていられない生活の中で
「毒を吐く」ことは最も簡単で安上がりのストレス解消術である。
重病のため放り出すわけにもいかない夫に、無自覚に好戦的な息子の恋人、レジ前で怒鳴る客。
ストレスなのかホットフラッシュなのかの区別もつきにくい更年期の不調の前には
拠り所にしている新興宗教ですら、実は大して役に立たないと心の底では気づいている(と思う)。
誰にも理解されない、されたくもない憤懣は、
教祖から特別に分け与えられたミストや庭の枯山水では決して解消されない。

ではどうするか。

人生のポイントを切り替えるのは自分自身であり、気力さえあれば道は拓ける。
生きていれば誰しも、逃げようのない歯がゆさを感じることがある。
しかし依子が無心に踊る姿は、試みて解決しないことがあったとしても、
それも人生だと振り切ったように見える。
その力強いステップに、勇気をもらった。

<余談>
依子の話を聞いてくれる知人役の木野花は、おそらく荻上監督が「守護神のような存在」と語る
もたいまさこを想定した当て書きだったのだろうし、
もたい氏が演じていればもう少しチャーミングで味のある人物になったろうが、
木野花もこれはこれでサバサバしていて良かったと思う。
荻上監督の新作ならと淡く期待していたもたい氏、今はどうしているのだろう。
せめて健やかであれば良いのだが。

映画「波紋」は2023年5月26日より公開。



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配信中■Amazonプライムビデオ:筒井真理子 関連作品一覧





荻上監督の死生観というか「生きていくこと」に対する考え方が
これまでで一番色濃く出た作品が、「川っぺりムコリッタ」。
荻上監督作品で言うと「めがね」をさらに突き詰めたようでもあり
脚本を書いた「リラックマとカオルさん」にも通じる。

降りかかる災厄に目を奪われて身の回りに存在する小さな幸せを見逃してしまうこと、
見えなくなっている状態を、人は不幸と呼ぶのかもしれない。
一見退屈な日々の繰り返しの中に無数の歓びや発見が埋まっていて
それを見つけることができるか・できないかは自分の生き方次第なのだと教えてくれる映画。
白飯をグイグイ飲み込み、きゅうりに豪快にかぶりつく松山ケンイチがとにかく素晴らしかった。


<Amazon>
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<楽天ブックス>
発売中■Blu-ray:川っぺりムコリッタ

2023年5月23日現在、配信サービスでは、U-NEXT、Amazonプライムビデオ、Google Play、Apple TV+で有料レンタル中。




発売中■Blu-ray:リラックマとカオルさん

Netflixオリジナルとして配信中のアニメ。
キャラ人気にあやかっただけの子供向け作品らと思ったらさにあらず。
「かもめ食堂」「めがね」の荻上直子が脚本を、音楽をくるりの岸田繁が担当し、
声の出演には主人公のカオルさんには多部未華子、ゲストに山田孝之と実に多彩な顔触れ。

1話あたりだいたい10分強の13話構成。
季節にそったショートショートの中に
毎回ひとつキーワードになる言葉(フレーズ)が用意されており
人生において大切なことをそっと教えてくれる。
社会から逸脱することなく平凡に日々を生きているOLの目線を通し、
誰もが抱える一抹の不安や孤独に対して温かく受け止める物語。
リラックマらは主人公カオルさんの癒し担当であり、
否定も肯定もせずずっと側に居てくれる存在として描かれている。
この辺の匙加減がいかにも荻上監督らしい。

カオルさんの性格や置かれた環境は、
益田ミリがライフワークのように描き続けているすーちゃんに良く似ている。
結婚や出世で次々とグループから抜けてゆく女友達に囲まれながら
自分ひとりだけが歩みを止めているのではないかとふと思い悩む。
しばし考えて、また仕事に精を出す。
また立ち止まって少し考えて、食事と共に呑み込んで眠りにつく。
そうやって、みんな少しの物足りなさや不安を抱えて生きている。
益田ミリの作品群に登場する人物とカオルさんとの違いは
側にリラックマがいるか・いないかだけ。
しかしいることで救われている部分がとても大きい。

荻上監督の「かもめ食堂」も配給したスルーキートスは
かつて益田ミリ作品を「すーちゃんまいちゃんさわ子さん」として実写映画化したこともあるのだが
よりにもよって主要キャストの3人が柴咲コウ、真木よう子、寺島しのぶという
男どころか誰の助けも必要とせず生きていけそうな面子で固めて台無しにしてしまった前科があり、
荻上監督がそのお詫びとしてリラックマを借りて作り直したような印象が強い。
多部未華子の芝居は、私が求めるすーちゃんのイメージにとても近い。

リラックマの可愛さは言わずもがな、大人も子供も楽しめる想像以上の良作。
Netflixに加入しているなら見て損なし、
未加入のリラックマファンは手元にBlu-rayを買ってでも手元に置いておきたい作品。



<荻上直子・映画作品>

2003年「バーバー吉野」
2005年「恋は五・七・五!」
2006年「かもめ食堂」
2007年「めがね」
2010年「トイレット」
2012年「レンタネコ」
2017年「彼らが本気で編むときは、」
2022年「川っぺりムコリッタ」
2023年「波紋」

<荻上直子・ドラマ作品>

2004年「サボテン・ジャーニー」(脚本)
2005年「やっぱり猫が好き2005」(脚本)
2008年「2クール」(7、10回の演出)
2017年「朗読屋」(脚本)
2019年「リラックマとカオルさん」(脚本)
2021年「珈琲いかがでしょう」(脚本・監督)
2022年「モダンラブ・東京」(4話『冬眠中の僕の妻』脚本・監督)


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4 コメント

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荻上直子監督 (K)
2023-05-30 17:29:29
観てきました。
ありふれた生活のように見えてストレスからイッちゃってる人の映画は珍しくはないのですが、あの荻上監督の作品なんですよね。びっくり。
たぶん「かもめ食堂」と「トイレット」だけ観たことがありました。

「かもめ食堂」と「めがね」によって生まれた多くのフォロワーとは一線を画す、と忍さんが随分以前に書かれていたのが印象的でしたが、
慧眼でしたね。今わかりました。

なんでー!?と思いながら観ました。
震災による原発事故、これが足かせとなってどこへも逃げられないというのが大きいですね。
そしてその中で生き延びる。

緑命会のトップの座を木村緑子が後継指名するなら、筒井真理子が演じる依子でしょうね。
家族のみならず周囲の言動に動揺しまくる、他人の作り出す波紋をモロに受ける質でありながら、
肉を切らせて骨を断つかのように倍返しで自らの波紋で呑み込んでゆく姿。
訪れた木野花の部屋の様子に「ほー」と思い、そこで依子が取った行動に「おー」と思いました。
息子の恋人にすごまれて取った行動。平岩紙や江口のりこが繰り出すであろう攻撃が目に浮かぶようです。

強気一辺倒の彼らにはない、しなやかで自在な闘争本能の強さを見ました。
最後のシーンは新しい教祖の勝利の踊りなんでしょうか(笑)。
「かもめ食堂」からは随分遠くに来ちゃったのか、私の目が節穴だったのか(笑)。
返信する
Kさん ()
2023-05-30 18:16:45
こんばんは。

荻上さんって、すごく内省的な人なんだと思うんです。
自分語りがずっと脳内でなっているような
そういう人にしか描けないものがこの人の作品にはあって
それが、いわゆる「スローライフを楽しもう」から
さほど逸脱しない、フォロワーとは一線を画すところかなと思っています。

音楽がほとんどなく、クラップのような効果音?がずっと鳴っていて
なんだろうと思ったらあのエンディングですからね。
おー!そうだったのかー!と(笑)

紹介文でも書いてますが「かもめ食堂」から
遠くに来たけど、元は「かもめ食堂」だということからは
ブレてないのがすごいですよね。

なかなか万人には勧めづらいんですが
Kさんに観ていただけて嬉しいです。
返信する
ふたたび (K)
2023-06-02 22:09:25
こんばんは。
夫と息子との三角関係のような描写が細やかだなと思いました。
敵と味方というほど境界線がはっきりしない、お互いの共感と反発と受容の変化が流れるように自然で。
鋭敏で繊細なようでいて曖昧で手探りのような。
期待と期待外れとまあいいかの繰り返しというか。
そうだよなと感じるのも自分で何かしらの経験があるからなんでしょうね。

「魂の安息地を見つけました、みんなにも少しおすそ分け」
といった感じが売りの映画の始祖のように見えたのは誤解だったんでしょうか。
「万人には勧めづらい」という忍さんのコメントにちょっと笑ってしまいました。
返信する
Kさん ()
2023-06-02 22:55:13
再びこんばんは(笑)

「私の気持ちをわかってくれる人」っていうのが
人生が煮詰まってくるとどんどん狭まってしまって
最終的には「100%わかってくれる人なんているわけないんだから
私が自分でしっかり大地を踏みしめて生きていったるわい」というところに
着地するのかなあと思ったりしました。

諦観、というほどではないのですが
荻上監督の描く作品って上部だけをすくい取って
楽しんでいる間は良いけれど
深層まで追いかけると結構辛辣だったりするので(笑)
「万人には勧めづらい」なあと。
荻上監督が見つめていることって、多くの人が
見ないふりをしているか、諦めている部分だと思うんで
顔の真ん前にどんと置かれると、結構しんどい人もいるんじゃないかと(笑)
返信する

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