萌芽落花ノート
17 ビニール色の夜
殺人の無かった日、私は隔離されていた。
看守は鍵を掛けないしきたりだから、脱獄さえままならない。
差し入れを包んだ新聞紙は、古いのに、行間は白く、あくまで白く、白々しい。
「真夜中の塵紙交換車を撃て」と、秘密指令が読み取れた。
支給された二十発足らずの弾丸は我々のあらゆる貧しさを伝えている。
夜は闇に紛れるものだという常識を閑却するには足りない。
待ち伏せをしながら時計を気にしたのがいけなかった。
意味世界は充溢を禁じ得ず、何者かを私に仕立てた。
唐突な光線は漆黒に相似だからだ。
狡猾にも、背後に潜む塵紙交換車は、ヘッドライトで擬似世界を凝固させた。
習俗ともいう。
手柄話ともいう。
火のない煙ともいう。
私はビニール色の夜に変身し、潜行し、疾駆する。
夜は、もっとも遠い近くから、無目的な遊歩道へと追い込むのだった。
夜を泳がされながら、夜のつもりの私は、涙を戦闘の血の色に偽装する。
極寒は灼熱だった。
明日は昨日だった。
飢渇は膨満。
手首は矢印の尻尾。
ここは、ここではなかった。
終わりのない緊張が牢獄を建造した。
牢獄は弛緩を蔓延させた。
不在の敵が冷笑した。
ビニール色の夜はビニールを捕縛した。
秘めたるものはすでに失われていた。
黙秘するための秘密はなかったのだ。
処刑の前夜、私はやすやすと自白した。
「今こそ夜明けとともに透徹した夜が始まる」
覚えているか?
(終)