萌芽落花ノート
20 壁と花
四畳半の四つの壁は、鬩ぎ合いによって立っている。いつか、そのどれかが僕に倒れ掛かる。どれか? どれ?
あれか? これか? どれもか?
どれもが、僕に向かって傾いている。
天井が落ちてきそうだ。
逃げよう。でも、どこへ?
電車を待つ。まるで霊柩車を待つように。
乗客たちは死んでいる。生きているという証拠がない。車内に臭気が漂う。その波線が確かに見える。向いに座った中年女が、僕を睨む。臭いの発生源は僕だとでも言うのか? 僕が死んでいるとでも?
行く当てがない。結局、萌芽落花に墜ちる。
しかし……
しかし、だよ、なぜ、なぜ、造花を飾るのか。臭わないからか。
「あの、なぜ……」
「えっ?」
「いや、何でもない」
「はあ」
「あの、あれは……」
「どれ?」
「あの花」
「花?」
「いや、いい。もう、いい」
「花……」
指差した方向に、花はなかった。
もう、帰ろう。
でも、どこへ?
花のある部屋へ?
花のない部屋へ?
壁のない部屋がいい。
どこであれ、そこで僕は死んでいる。
潜れるのは棺だけだ。
いつからか、僕は死んでいたらしい。
ゆっくりと蓋が被さる。
(終)