暑中見舞いをかねて、山形県での芭蕉の名句を少し紹介します。![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/39/8ac68dda9ca26f4283f78c0463b5b4a1.jpg)
(山形県は、暑さで有名、平成になって多治見市などの40,9度に越されるまで、昭和時代から60年間ほど酒田市は40,8度の日本最高記録を保持していました。
小学校の頃・愛読書・野バラ社の「児童年鑑」でおなじみ。その頃アメリカでは、4人に一台の自動車があると書かれていて驚いたものです。多治見市内には自家用車が一台しかなかった頃です。
今の日本の都市は自然開発がすすみコンクリートが多すぎ気温が上がるのは当たり前)
“ 暑き日を 海にいれたり 最上川 ”
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なんせ俳句はたった十七文字しかないから、作者の意図するところは正確にはわからない。
鑑賞する人の感性におまかせとなる。
〈私の解説〉
「暑き日」というのは長かった「夏の暑い一日」である。
その暑い一日を「海に入れる」とは・・・・・
夕日が海にしずんで、暑い一日が海の中に入れこまれてしまうさま。
最上川がとうとうと流れて海に至り、海のかなたに夕陽が沈んでいく。
やがて夕やみがせまり涼しい夕風が吹きわたってくるだろう。
最上川が流れ、暑かった一日を海にいれ、一日を終らせてくれる。
“暑き日を海にいれる”とはなんという雄大な表現であろうか。
かんたん、平易な言葉を使い、色んな意味あいをもたせる句である。
まさに芭蕉ならではのもので、現代俳句でもこれを超えるものはないと思う。
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“ 五月雨を 集めてはやし 最上川 ”
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これも芭蕉であるが、この句の方が有名。
小学生でも作れそうな全く簡単な言葉の構成であるが、その意味はだれにでもわかって、うまいなあと思わせる。
そこがこの句のすばらしいところ。
これは芭蕉が最上川で舟に乗りこんで作ったか? 岸辺で川の流れを見て作ったか? の論争があるが、そんなことはどうでもいい。
◆ 最上川は山形県を流れ、全長二二九キロもあり、なんとわが “木曽のなー”「中乗(なかのり)さん」の木曽川より長い川である。
一つの県のみを流れる川としては日本で最長。
私は高校生の頃、芭蕉の「奥の細道」を読み、これらの句が出てくる最上川を地図でさがすまで、この川がどこにあるかも知らなかった。
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芭蕉は奥の細道(二四〇〇キロメートル)の全行程(江戸から大垣)の中で1/4をなぜか「山形県」に立ち寄るという謎(なぞ)を残している。
宝珠山(ほうしゅやま)の 立(りっ)石寺(しゃく))に立ち寄り有名な
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/61/a63f78859b57eb3eb27fa3cb3cdfe5cb.jpg)
“ 閑さや 岩にしみいる 蝉の声 ”
を詠み、羽黒山、月山、湯殿山の「出羽三山」に向かった。
「奥の細道」の旅はまだ半分ほどの所である。
★ これから、酒田、象潟(秋田)、新潟へと 奥の細道は続く
(きさがたや あめにせいしが ねぶのはな)
“象潟や 雨に西施が ねぶの花 ”
雨に濡れた合歓の花は、まるで傾国の美女と言われた西施が憂いに沈んで眠っているようである。 象潟の憂いを含んだ情景の描写