花を撮るのはいったいいつ以来だろう。
なんだか感覚がつかめず、どんなふうに撮ったらよいのかを思案する自分がもどかしい。
こんな感じはこれまでになかった。
しょうがないではないか。花のひとつ一つがこちらに訴えてこないのだのもの。などと、ついつい被写体のせいにしてしまう自分がおかしい。
花は咲く。人間の感情など斟酌することはなく花は咲く。咲いた花がどうであるかは、それを見た人それぞれが湧きあがる感情にもとづいて付与するものだ。
だとしたら、その原因はあきらかに、こちらの感受性が不足しているゆえである。
なんて、小難しいことを考えて、なんだかなぁと首をかしげつつ花を撮る。
モネの庭の春は早咲きのチューリップから。
ともあれ春
なのである。