答えは現場にあり!技術屋日記

還暦過ぎの土木技術者のオジさんが、悪戦苦闘七転八倒で生きる日々の泣き笑いをつづるブログ。

あらためて「利他」(その2) ~(談志の)『文七元結』~

2022年12月19日 | あらためて「利他」

 

第一回はコチラ → (その1) ~プロローグ

 

真の利他とは「無意識の利他=純粋利他」でなければならない。これが『思いがけず利他』のなかで中島岳志の説くところです。そしてその「純粋利他」の代表格が『文七元結』、しかも立川談志が『文七元結』で演じた世界だと中島氏は言います。

では『文七元結』とはどのような噺なのか。『思いがけず利他』から引いて紹介してみましょう。

最低限このあらすじがアタマに入っていないと、このあとの話の展開がちんぷんかんぷんなので、少々長くなりますが、全文を引用することとします。

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 この噺の主人公は長兵衛。腕のいい左官職人です。しかし、あるときから博打にはまってしまい、仕事がおろそかになってしまいました。妻のお兼と娘のお久は、貧困生活を余儀なくされます。家財道具や着物は、大方売ってしまい、家にはわずかばかりの生活用品しか残っていません。それでも長兵衛は博打をやめず、なかなか家に帰ってきません。

 ある日のことです。長兵衛が博打を終えて家に帰ると、お兼の様子がいつもと違います。聞くと、お久が昨晩から家に帰ってこず、あちこち探したものの、見つからないと言います。困っていると、そこに吉原の「佐野槌」という店の番頭がやって来て、「うちへ来ていますよ」と言う。長兵衛は妻の身につけている着物を借り、吉原に駆けつけました。

 すると、佐野槌の女将が出てきて、長兵衛に説教を始めます。せっかく腕のいい職人なのに、博打ばかりして家族を困らせている。時に暴力まで振るう。娘は家を出て、吉原に「身を沈める」ことで、お金を作ろうとしている。「長兵衛さん、悪いと思わないのかね。どうする気なんだね」

 女将は一つの提案をします。今から五十両を貸すので、真面目に働いて、来年の大晦日までに返しに来ること。それまで娘は自分が預かり、用事を手伝ってもらう。もし、約束を守れず、五十両を期日までに返せなければ、娘は店に出す。「どうする長兵衛さん、性根据えて返事をおし・・・」

 長兵衛は女将と約束をし、五十両を受け取ります。そして、女将に促され、娘に礼を言います。これまで威張っていた父が、自己の不甲斐なさを突きつけっられ、娘に頭を下げるこの場面は、落語家にとって腕の見せ所です。

 店を出た長兵衛は、帰り道を急ぎます。そして、浅草の吾妻橋にさしかかったところで、一人の若者が川に身投げをしようとしていることに気づきます。慌てて若者を抱きかかえ、飛び込むことを阻止すると、若者は涙ながらに「どうぞ、助けると思って死なせてください」と懇願します。事情を聞くと、取引先から預かった五十両を道で盗まれたと言い、店の主人に申し訳が立たないと話します。何度も長兵衛が止めるものの、ふとした隙に、若者は川に飛び込もうとします。

 ここで長兵衛は苦しみます。懐には先ほど借りたばかりの五十両がある。これを若者に渡せば、彼の命を救うことができる。しかし、この五十両は娘が作ってくれたお金で、これを手放してしまうと、借金返済は不可能になる。どうするべきか。

 長兵衛は悩み抜いた末、五十両を差し出します。そして、大金を持っている事情を話し、娘が客を取ることになっても悪い病気にかからないよう「金毘羅様でもお不動様でもいい。拝んでくれ」と言います。そして五十両を投げつけて、その場を去っていきました。

 若者の名は文七。彼は五十両を手に店(近江屋)に戻ると、盗まれたと思っていたお金が届いており、取引先に置き忘れてきたことがわかります。文七は動揺します。そして、吾妻橋で死のうとしていたところ、名も知らない人から五十両をもらったことを主人に打ち明けます。

 主人は五十両を差し出した男に感銘を受け、番頭を使って探し出します。やっとのことで家を突き止め、文七と共に五十両を届けに行きます。

 主人は長兵衛に五十両を返却したあと、「表に声をかけてくれ」と言います。すると、そこにはきれいに着飾った娘のお久が立っていました。五十両を佐野槌に渡し、着物を買い与え、お久を連れてきたのです。

「お久が帰ってきた」と長兵衛が言うと、着物を夫に貸して、裸のままのお兼が飛び出してきます。親子三人、その場で抱き合って涙を流します。これが「文七元結」という噺のあらすじです。

(P.14~17)

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このあと中島氏は、この噺のポイントを「五十両と共に起動する利他」だとします。そこでもっとも重要なのは、主役の長兵衛が「規範的な人間」ではないということ。その「どうしようもない人間」が、「思いがけず」出会った若者に大切な五十両をあげてしまった動機は何なのかが「この噺の勘所」であり「最大の謎」だと言います。

その鍵を解くのが、人情噺の代表格ともされるこの噺を、あえて美談とはしないことにこだわり抜いた「立川談志の」『文七元結』なのです。

 

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