とーびょうヲヂさんの好きなマンガたち

元うつ病&現パーキンソン病(笑)のヲヂさんの好きなマンガと闘病(豆苗ではない)記録を徒然に書き綴ってます

デンデラリュウ

2012年02月27日 22時20分57秒 | 思い出
仲里依紗がCMで、『でんでらりゅう』という歌を歌っていて懐かしいなと思いました。

いや、この歌自体は小学校の音楽の教本(副読本)に載っていたんですが、私が懐かしいなと思ったのはもっとギャグな歌の方です。

まだ、子供のころ、ラジオから流れてきた歌は軽やかな音楽ででんでらりゅう~を歌っていました。
たぶん、カセットに残っていると思うんですが、誰が歌っていたかなと思うと、さすがWikipedia!、ちゃんと載ってました。

そこで検索し直すとニコ動なんかにアップされているんですね。
音も私のカセットよりかなりいい音でしょう。

ということで紹介しておきます。
聞きやすいところでどうぞ。

デンデラリュウ/屋台のおっちゃん
にこ☆さうんど
ニコニコ動画
Ceron.jp

♪デンデラリュウが出てくるばってん
 デンデラリュウが出てこんけん
 こられられんけんこ~んこん
 センセが勝手にしゃべっとる
 生徒はみんな眠っとる
 みんなが勉強やる気になったら
 今度はセンセが眠っとる~

忌野清志朗 没

2009年05月04日 21時29分43秒 | 思い出
忌野清志郎さん死す…突然の他界に衝撃広がる(スポーツニッポン) - goo ニュース

旅行先で聞いてショックを受けました。
人はいずれ亡くなるとはいえ、悲しいことです。

私が中学生の時くらいには、RCサクセションというとロックグループの第一人者でした。
何の番組か忘れましたが、FMを聴いていると(平山なんとかの番組?)、
聴取者からのアンケートの結果、ロックグループの人気ナンバー1がRCサクセションでした。
ゲストに呼ばれていたRSサクセションのメンバーが
2位以下をこき下ろしていたのを覚えています。
2位か3位くらいに、サザンオールスターズがランクインしていたのですが、
それより圧倒的得票差でRCサクセションがトップでした。
そのくらい人気のあるバンドでした。

忌野清志朗というと、奇妙な声を発するロックグループのボーカルで
当時、まだ清い私には馴染みにくかったのですが、
決して嫌いなジャンルではなく、
むしろ遠くから憧れと羨望を持って眺めていたように感じます。

今聴くと、さすがに古い印象はありますが、
心の琴線に触れる歌声です。

ご冥福をお祈りします。



清水由貴子さん

2009年04月27日 21時47分00秒 | 思い出
笑顔、介護の苦労漏らさず…清水由貴子さん自殺から1週間(読売新聞) - goo ニュース

つくづく読めば読むほど悲しいはなしです。
芸能界では、どちらかといえば売れていなかったと言えますが、
それでも絶えず明るく振る舞っていたことが
彼女の正確だったかもしれませんが、
ことさら悲しいことです。

歌手の当時は、あまり語っている姿を見る機会はありませんでした。
NHK大阪のラジオ番組に出ていたときも、
普通のアイドルとして話してました。
ドラマや司会では、もちろんはきはきした姿しか見れませんでした。
その裏では、ずっと母親の面倒を見ていたのですね。

芸能界は夢を売る商売だと言いますが、
無理して嘘をついて生きていくことが強いられるのは、
辛かったことでしょう。
いくら好きでやっている仕事とはいえ。

記事の内容が真実ではないかもしれませんが、
それしか知らされていないと色々考えてしまいます。



清水由貴子さん自殺

2009年04月23日 22時26分28秒 | 思い出
清水由貴子さん自殺

風邪で寝込んでいる間にショッキングなニュースが流れてきました。

私は清水由貴子さんのファンでした。
ちょうどラジカセを買ってもらったばかりの頃、
ラジオから流れてきた「お元気ですか」という歌がとても好きで、
ファンになりました。
それ以前にも好きな女性歌手はいたのですが、
ファンとなったのは清水由貴子さんが初めてです。

清水由貴子さんがデビューした年は新人歌手が豊作の年で、
清水健太郎「失恋レストラン」、
狩人「あずさ2号」、
高田みづえ「硝子坂」がヒットしていて、
「お元気ですか」は中ヒットくらいでした。
しかも、清水由貴子さんと同じレコード会社から
榊原郁恵さんが「バス通学」でデビューし、
レコード会社の方針で榊原郁恵がプッシュされたので、
清水由貴子さんはレコード大賞の新人賞も取れませんでした。

その後ヒットにも恵まれず、レコーディングも打ち切りとなり、
歌手活動は下火になっていきました。
ドラマ「花よめは16歳」で主演を務めたものの、
岡崎友紀の「奥さまは18才」ほどヒットせず、
あっさり終わりました。
この当時、ビデオデッキなどない時代だったので、
ラジカセをテレビのイヤホンジャックにつないで
録音していたことを思い出します。

金曜スペシャルの司会を担当していたのを見かけて、
まだ芸能界にいるんだ、と思っているうちに
欽ちゃんバンドに入れてもらって、再び脚光を浴びていました。
それはそれでよかったのですが、
私にとっては歌手でいて欲しかったと思っていました。

それからも女優やレポーターで時々見かけることはありました。
私ももうあまり興味はなくなっていたのですが、
こんな形で近況を知るとは思いも寄りませんでした。

つい最近、
懐かしの歌をYou Tubeで検索していて、
清水由貴子さんの曲をコレクションしたばかりです。
「お元気ですか」以外の懐かしい曲、
ファンの気持ちで売れて欲しいと思って初めて買った「明日草」、
そして今でも一番好きな「言問橋」、
それを聴いていて思い出に浸っていたのに。

『浅草生まれでちゃきちゃきの江戸っ子です』
明星の記事にそう書いてあったことが記憶にあります。
売れてなくてもはきはきしていて、元気な姿が、
なおさら実生活をひた隠ししていたようで、涙が出てきます。

ご冥福をお祈りします。