残照亭の日日

日常の腹立たしいことなど、自分のストレス解消に書いてます。

故「藤沢周平」のファン。思い出の作品などを書こうかな。

「藤沢周平」⑨~続・時代小説に資料の活かし方~

2023-09-15 | 藤沢周平作品

*敬称略 悪しからず

時代小説を書く時、実際の資料をどのように生かして行くのか?

藤沢「こういう歴史、一体に、昔の人を書く場合、昔と今と共通してい

   る部分ネ、親子の間の感情とか、男と女の間の気持ちとか、

   こういう所はそう大して変わらないところが有る訳ですよネ。

   ところが、昔はこういうふうに考えたけど、いまはまったく

   変わってしまった、と言う部分も有る訳ね。

   で、この二つがですね、均等に出て来ないと、本当の昔のことを

   書いた、とならない訳ですよね。

   共通したところだけ書くと、現代的な物語になりすぎて、

   なんだ昔と大して変わりないじゃないか、昔のロマンスを書いた

   だけじゃないか、と言うことになる訳ですよネ。

       ただ、昔とは変わったんだと云うところだけを書くと、それも

   一面的になっちゃう。

    資料というのは、そういう昔と変わっているところ、

   変わっていないところを証明するものとして残っているわけです

  よね。

  それを、生かす、それを引用するというところで、一遍の小説の

  中に、リアリティを持たすっていうか、なるほどこういう事だっ

  たのかって、納得行くものを、資料として出せばいいんじゃない

  か、と思うんですよネ。」

 

藤沢周平は云う、時代小説(大衆小説)ばかり書いていると、

どうしても歴史小説を書きたくなる・・

『一茶』「長塚節」「義民が駆ける」などである。

「漆の実る国」は、また別の理由があった・・これはいつかまた。

藤沢周平が「これから書くとしたら、平安時代」といっていた作品を

読んでみたかったナ~


妻、ストライキ突入。夫、餓死か。

2023-09-14 | 日記

連日の暑さ、暦はとっくに秋なのに・・・

今朝、起きて来ない妻様

私「どした。どっか悪いのか❓」

妻「こなに暑いとご飯の支度なんか、したくな~い

私「まぁ、有るもので食うから・・どうってことないや」

妻「今日は買い物行きたくないから、なんか適当に食べて・・」

ん~ッ、大した物はない。

子どんぶりに前夜の残りめしが、卵数個・生キュウリ2本・チーズ・バター

・大相撲の懸賞でお馴染みのお茶ずけ・梅干し・ピザ一袋

・鮭の切り身3切れ(焼き方わからない)

野菜室には・・入ってるけど料理できない

冷凍庫、私に分かるのはアイスクリームだけ(食うな✖の印がついてる)

こんな時は「カップ麺でも・・・」(あれっ、な~い)

切り身の持ちが入ってる袋

(餅が大好物の孫のために、きらさず有る・・けど、私は焼き方知らんしナ・・)

米は有るけど、炊飯器使った事ない・・やばいな~

こりゃあ、サバイバルは無理だナ、三日もありぁ餓死しちゃうわ


「藤沢周平」⑧ ―時代小説と資料の関係―

2023-09-13 | 藤沢周平作品

* 敬称略 悪しからず

時代小説や歴史小説を書く時、資料類はどの程度採用するのだろうか。

藤沢は以下のような見解を示している。

藤沢:非常に難しいんですがね。あの~、資料って言うのはネ、

   あの~、噛み砕いてネ、原文を使わない場合とですネ、

   それから、原文を小説の中にそのまま出して使う場合とネ、

   両方あるわけですよネ。

   これは、時代小説の場合はネ、私は全部こなしてしまって、

   自分の解釈で持って、書くと言うのがモチベーションにして

   るんですよネ。

   歴史小説といった立場でネ書く場合はネ、資料が、これだけ

   長い物が有ると、その中でネ肝心のところ、その資料をのっける

   ことによって、作品が生きるということが有る訳です。

   そういったものはネある程度、そのまま出して使った方がいいと、

   その判断ですかネ。すごく難しいけどね。

   では、どれを資料としてのっけたらいいのかと・・

   例えばネ、こういう風な物が有る訳ですよね。

   こういうふうな物ネ。これはね、一揆の時にですネ、

   この立て札の立てられた土地の人で、一揆に反対した人、

   居るわけですよね。

   他の人は全部賛成して、殿様が国替えになるのを留める

   方に回ったわけです。

   ところが、それをチャンスだと見てネ、立身出世のために、

   敵方というとおかしいけど、あ~、まぁ、そこに替りに来る

   川越藩の手引きをした人が居るわけですネ。

   その人が、一揆の人に憎まれるわけですネ。

   それで、国替えが取り止めになった時に、非常に迫害されたわけ

   です。それで、後で、川越に逃げるんですけど、その後捕まって、

   藩に連れ戻されて、その人は、牢内で死ぬんですけどネ。

   その時に、その人を弾劾するために立てられた立札なんですけど

   ネ、これなんかはネ、文章を意訳してネ、ただ作品の中に書いて

   も、大して意味はないわけです。

   その事実は判っている訳ですからね。

   ところが、こういう文章の中にネ、非常にネ、当時の人の気持ち

   が表れてる訳ですヨ。

   非常に厳しい表現が有る訳ですヨ。

   こういったものは、このまま出さないとネ、あの~、当時の人の

   気持ちが分からない事になるんですよネ。

   これは“義民が駆ける”と言う中に、このまんま書いて有る訳です。

   ここは欠けていて、読めないんですけどネ(虫喰いですね)そう、

   でも、このまま載せている訳です。

「義民が駆ける」昭和51年初版本 中央公論社発行

「義民が駆ける」の表紙裏のサイン

資料の活用について、この項、続く

なかなか作品について、話すところにいけないナ~

まっ、ゆっくり行くさ・・・


「藤沢周平」⑦ ―「海坂藩」は荘内がモデル―

2023-09-12 | 藤沢周平作品

*敬称略 悪しからず

藤沢周平の武家もの作品で良く知られているのは「海坂藩」

現在では、庄内地方を舞台にしていることは、良く知られている。

藤澤「・・・海坂藩っていうのは、架空ですけどね、中味はどっち

   かって言えば庄内藩のことを書いてるんですね。風景とかネ、

   そういったものは」

  「海坂って言うのはね、まるでこうなんて言うか、高貴な・・・

  そういう俳句の同人誌がありましてネ、浜松の静岡のね、人たちが

  やってるんですがね、そこの俳句に、若い頃出した事が有るので、

  そこから拝借したんですけど、非常に、いい言葉ですよね。

  あしび系統ですけど、そこから、“海坂藩”を作ったんですけどね。」

  「・・鶴岡の出身ですけど、そのものズハリと言うのは、以前

   に“又蔵の火”という庄内藩での出来事を書いていますけどね。

   それで、荘内をモデルのようにして"海坂藩"を作ったわけです。」

"又蔵の火"初出誌 別冊文芸春秋125号 昭和48年9月

藤沢周平氏・・若いナ 46歳

直木賞受賞直後、人気作家になるまで、まだしばらく時が必要だった。


全身MRI 検査の結果は? もう少し生きていけるのかナ~

2023-09-11 | 日記

昨日の寄付集めで歩いた足が、思い。ふくらはぎに張りが残っている。

先週受験した「全身MRI 検査の結果」を聞いてきた。

転移していた個所の影が薄くなっている。検査数値も改善され良好、といわれた。

どうやら「五年生存を目指す」見込みが、少し希望が見えて来たかも・・・

医師「数値次第だけど、悪くなると抗がん剤を使うので・・」

何はともあれ、悪化していないなら、取敢えずホッとした。

清算待ちしていたら、居たッ。先週の三人の爺さん。

後ろの席に座って、話を聞いてみた。

バンダナ爺「孫がよ~、500円のお駄賃は少ないって言いやがるんだ」

サンダル爺「何やらせたんだヨ」

バンダナ爺「スマホの使い方とここまで送って来てもらった。

      それと屋根にかぶさってる植木を切ってもらった」

ランニングシャツ爺「そりゃあ安かんべヨ。わしはここまで送って来て

    もらっただけだけど、自販機の缶コーヒーにポテトチップスを付けたぞ」

ウ~ン、この価値観はどうなってるんだ。

この三爺、何しに来てるんだろ・・・近所じゃなさそうだしな

今度いつ一緒になるんだろう???