当時消防幹部が振り返る〝あの日〟 安倍氏銃撃1年

2023-07-08 | 文化 思索 社会
「教訓は生かされているか」当時消防幹部が振り返る〝あの日〟 安倍氏銃撃1年
 2023/7/8 10:01堀口 明里 産経WEST
 安倍元首相死去 
 突然の凶弾に斃(たお)れて1年。日本の憲政史上最長の政権を築いた安倍晋三元首相の死を悼み、多くの人が8日、奈良市の銃撃現場や慰霊碑を訪れた。
 「1年たっても信じられない」「こんな惨劇が二度と起きてはならない」。静かに手を合わせる人や当時現場近くにいた人にとって、事件の衝撃は今もさめやらぬままだ。あの日の教訓を生かすには-。安倍氏の救護や搬送に関わった人は、そんな思いも抱く。
 昨年7月8日、奈良市内は朝からうだるような暑さだった。当時消防署の幹部だった男性は、救急車の運行などを指揮する立場で、熱中症患者の救急搬送に追われていた。新型コロナウイルス感染が疑われる患者の搬送要請も相次ぎ、複数の救急車が常に行き来する状況が続いていた。
 「発砲事件になります」。午前11時34分、男性のもとに突如、無線が入った。間髪入れず、「高齢男性」「参院選候補の演説会場」といった情報が次々に追加されていく。最初は「有権者同士のトラブルでは」と考えていた。
 現場の近鉄大和西大寺駅前は管轄外だったが、別の搬送を終えて戻る途中の救急車が近くを走っており、そのまま急行させることにした。
 発砲事件なら隊員が巻き込まれる危険もある。救急車に防弾チョッキなどの装備はなかったが、「何も着ないよりは」と、防刃ベストとヘルメットの着用を直接電話で指示した。「隊員が巻き込まれたり、事故を起こすなどの二次被害は絶対に起こしてはならない」との一心だった。
 やがてテレビで速報が流れ始め、事件の詳細が分かってきた。安倍氏が選挙の応援演説中、何者かに銃撃されたという内容だった。ひどく動揺したが、さらに応援を要請される可能性があるため、消防署にいた隊員に「身を守る準備をしておけ」と声を掛けた。
 追加要請はなかったが、現場に着いた救急隊員がドクターヘリに安倍氏を乗せるまで、緊迫の時間が続いた。しばらくして現場から隊員が戻ってきた。ひどく落ち込んだ表情だった。意識がなく、ぐったりとした安倍氏を直接見た隊員は、わずかな可能性にすがるように祈っていた。しかし、その思いが届くことはなかった。
 あの日から1年。当時を振り返るとき、真っ先に思い返すのが現場の状況だ。強い日差しの中、安倍氏らの演説を聞こうと多くの人が集まった演説会場。要人の襲撃だけでなく、熱中症など急な体調不良を訴える人が出る可能性もある。消防も人員に限りがあるとはいえ、「万が一に備えて、救急車を事前に配置しておくべきではなかったか」と男性は考える。
 今年4月には、選挙応援で和歌山市を訪れた岸田文雄首相の近くに爆発物が投げ込まれる事件も起きた。この会場にも救急車が事前に配置されていなかった。報道を見て頭に浮かんだのは、「あの日の教訓は生かされているのか」ということだ。総務省消防庁は街頭演説に関する救護体制のガイドラインを策定しておらず、対応は各自治体の判断に委ねられている。
 「警察庁は要人警護の態勢を見直したが、応援演説の救護体制も見直す必要があるのではないか。要人にとっても有権者にとっても、選挙は安全でなければならない」。安倍氏の搬送に関わった一人として、強く願っている。(堀口明里)

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です

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