ユダとは誰か
原始キリスト教と『ユダの福音書』の中のユダ (講談社学術文庫)
荒井 献 著
購入 2023.07.04 三省堂
キリスト教世界で「裏切り者」「密告者」の汚名を一身に受けてきたユダ。イエスへの裏切りという「負の遺産」はどう読み解くべきなのか――。原始キリスト教におけるユダ像の変容を正典四福音書と『ユダの福音書』に追い、初期カトリシズムとの関係から正統的教会にとってのユダと「歴史のユダ」に迫る。イエスの十字架によっても救われない者とは誰か。
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p95~
自殺、とりわけ縊死を神の裁き(あるいは呪い)の対象とみる伝統が、申命記21章22~23節以来、ユダヤ・キリスト教に存在したことは事実である。しかし自殺を、神の恩恵を断つ行為として断言的に禁じたのは、アウグスティヌス以降であって、それ以前は自殺に対する評価はアンビバレントであった。(中略)
しかもユダの場合、彼は自分がイエスを「引き渡した」結果、イエスが死刑を宣告されたことを知り、「後悔して」(「後悔」はマタイの場合「悔い改め」と同義)、自らの罪を告白している。そして彼は銀貨を神殿に投げ入れ、縊死している。
しかし、これを「罪を償う自殺」とみなし、これによってマタイはユダを「イエスの弟子として復権している可能性がある」(後藤伊知郎「ユダの最後と「血の畑の購入」三三頁」)とまで言えるであろうか。
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