チャイナ・ウォッチャーの視点
「尖閣紛争」の裏にある大切なこと 岩一つも疎かにできない現実
2012年09月27日(Thu)有本 香(ジャーナリスト)
6852――何を表わす数字か、おわかりだろうか? おそらく多くの方が即答できないのではないかと思われるが、この数字、わが国を構成する日本列島の島の総数である。このなかには、わが国人口の80%が住む本州から、徒歩で島一周できるほどの小さな無人島までが含まれる。いまや世界のメディアが伝える「ホット」な場所となった沖縄県石垣市の尖閣諸島もそうした無人島群である。
その尖閣をめぐる最近の出来事、とくに今月、中国各地で起きた「反日暴動」についてはすでに多くが語られてきた。ことに暴動発生の背景――中国共産党指導部内の権力闘争や失政隠しの思惑、人民の生活現状、心理――といった「あちらの事情」についてはそれこそ百論出揃った感がある。そこであえて、それらとまったく異なる角度からこの問題を捉え直してみることとする。
■「わが国固有の領土」について どれほど知っているか?
およそ数カ月前、筆者はインターネット上の短文投稿サイト・ツイッターを通じて、「日本はいくつの島から成っているか?」と尋ねてみたことがある。筆者のアカウントをフォローしてくださっている方は割合に、「国土」に関心の高い方が多いと思われるのだが、それでも正解を即答した人はたった一人で、たしか6000くらい、という近い数を答えられた人も数名にすぎなかった。
筆者含め、われわれ日本人は、日頃よく自国のことを「島国だから云々」と気軽に口にする。にもかかわらず、われわれはその島国たる自国の国土に関し、実に乏しい知識しかもちあわせていないのである。
尖閣諸島についてですら、いまでこそ、ニュースで連呼されるから、それが沖縄県石垣市にある島だということが辛うじて知られるようになった。が、いまから2年前、尖閣沖で、中国の「漁船」が日本の海上保安庁の巡視船に体当たりする事件が起きる以前は、日本国民の大半が、尖閣諸島がどの県のどの自治体に属すのかなど頓着してはいなかった。
余談になるが、2年前のこの事件の半年ほど前、筆者はある国会議員を訪ねた際に、象徴的な嘆きの声を聞いたことがある。「尖閣諸島が何県にあるか? 本州、北海道、四国、九州の次に大きな島はどこか? こういった質問に即答できる人は国会議員のなかでも非常に少ない。わが国固有の領土についての無知・無関心が甚だしいのです」。多くの国会議員にとって「票に直結しない」領土の問題、あるいは外交・安全保障分野への関心は、情けないまでに低いのだと、この議員はこぼした。
■海洋国家の自覚はあるか?
ちなみに、本州、北海道、四国、九州の次、日本列島で5番目に大きな島は、択捉島である。択捉島は沖縄本島よりも大きい。この事実も多くの日本人に知られていないが、知ったら俄然、北方領土問題のもつ意味の大きさを実感できた、という人もいる。
せっかくの機会なので列挙しておくと、日本列島全6852島のうち、人の住む島は437、残り6415が無人島である。尖閣諸島と呼ばれる5島も後者に含まれるが、うち最大の魚釣島にはかつて99戸、248人が住んでいた。
人の住む島はもちろんだが、6400余の無人島もまた重要な意味をもつ存在だ。ところが、この期に及んでもなお、「ちっぽけな無人島など他国にあげてしまえばいい。そうすれば問題は解決するのでは」などという発言をする人がいることに驚く。しかも、なぜか日本のテレビはそういう発言者を好んで登場させるが、これは世界の常識から見ればとんでもない認識である。
海に守られた島国に暮らす日本人は、他国と陸上で国境を接する他国の人々に比べて、領土意識がそもそも希薄である。ましてや世界に広がる海の上に境があり、ここからここまでがわが国のもの、といわれてもますますピンとこないのかもしれない。
1994年に発効した国連海洋法条約により、沿岸から200海里を排他的経済水域(EEZ)とすることとなったことで、多くの島が点在する日本は一躍、世界6位の海洋大国となった(ちなみに陸地面積の領土は世界60位)。このことは資源に乏しいと思われてきたわが国にとってきわめて重要なことである。自国管轄の海であればこそ、魚を獲ったり、地下資源を採掘したりも自由にできる。逆にひとたび他国の管轄となってしまえば、最悪、そこで嫌がらせをされて、日常生活に欠かせない物資の輸入もままならなくなることも考えられるからだ。
世界6位の海洋国家の住民でありながら、その自覚がない。当然、それを守らねばならないという意識も希薄。こうした国民の心の中の無防備状態はむしろ、軍事・軍備を否定している現状以上に危ういことといえるかもしれない。
■「尖閣特別授業」も時間の問題か
中学校の社会科あたりで習ったことを思い出してほしいのだが、国家の要件とは、「領土、国民、主権」の3つがあること、である。言い換えれば、この3つを失えば国家たり得ず、失わないよう守り抜く、防衛するのが国家の構成員たる国民全員の責任でもある。
防衛と聞けば即、軍事を頭に描く人が多いが、そうではない。国家防衛の第一歩は、教育を通じて、国家の正当性や価値を知らしめて国民意識を醸成し、国民の共有財産である「領土」の重要性とそれを守ることの重要性を知らしめることにある。
ところが、日本にはこの種の教育がない。皆無ではないが、おざなりである。自国がいくつの島で成り立っているかを答えられる人は希少。半世紀以上もの間、他国に不法占領されている島がどれほど広いかさえ多くの国民がピンと来ていない。俗にいう「平和ボケ」の具体的症状といえるかもしれない。
一方の中国では、この国民教育が歪んだ形で強烈に行なわれている。その中心軸が「反日」であり、しばしば事実がないがしろにされている。また、チベット人やウイグル人への行き過ぎた「国民教育」は、深刻な人権侵害をも引き起こす事態にもつながっている。
先日テレビ番組で、韓国の小学校で「竹島」についての特別授業を行なっている様子が映し出されていた。正直、異様な光景に見えた。なぜなら、それは、事実を基に国土・領土への愛着、防衛意識を、学びを通じて醸成するというよりは、日本という敵国に対抗するための理屈を子供たちに刷り込んでいるようにしか見えなかったからである。韓国の竹島特別授業は、中国人が、共産党政権の描いた「歴史」の断片を言い立て、「日本人は歴史を知らないではないか」と強弁する光景に通じるものである。
最近になって、尖閣諸島を「核心的利益」だと言い出し、「沖縄が日本であることに正当性はない」とまで言い出した中国が、子供たちに「尖閣特別授業」を必修させるようになるのも時間の問題かもしれない。
言うは易く行ない難い
■国際社会へのアピール
反日暴動が収束してからというもの、尖閣は日本固有の領土だということを国際社会へアピールすべし、との論がよく聞かれる。一応正論だ。しかし、正しいことを主張したからといって受け入れられるとは限らないのが国際社会である。
国民への領土教育、つまり内へのアピールもままならないなかで、一筋縄でいかない外(国際社会)にどうやって「日本の領土としての正当性」を知らしめるのか? 中国も同じく、外への強烈なアピール作戦に打って出るはずだ。
すでに今回の件も、「日本がきっかけを作った」と国際社会に向けて強弁している。その中国の言い分をまさか信じたわけではあるまいが、国際社会では、たとえばマレーシアのマハティール元首相のように、「日本人と韓国人、中国人は暴力的なデモ行為や破壊行為をやめるべき」と、まるで日本で中国と同じ暴動でも起きているかのような発言をする著名人まで現れている。
そもそも日本人は、中国人に比べて対外宣伝工作が非常に不得手だ。あえて歴史を鑑とするなら、日中戦争の頃、蒋介石の妻、宋美齢が米国内で巧妙な「反日キャンペーン」を展開し、米国政界と世論を味方につけたことに思い至すべきであろう。
「国際社会へのアピール」という掛け声ともに昨今よく聞かれたのが、「中国と戦争になったらどうするのか?」という声である。これほど片腹痛い話もない。見方を変えれば、中国との尖閣を巡る「戦争」はとっくに始まっているのである。
■「中国は大きく打っては出ない」という楽観論
宋美齢が行なった宣伝戦のように、「戦争」とは武器を用いて戦う行為のみを指すわけではない。情報戦、心理戦、法律戦……あらゆる分野での策を弄し、ときに強硬に、ときに柔和な顔を見せつつ、中国は、弛まぬ歩みで尖閣を落とそうと迫り続けるであろう。
対する日本はどうだろう? 2年前の「漁船」体当たり事件から今日までに尖閣の島々と周辺海域の実効支配強化のための、有効な手立てを一つでも打ち出せたであろうか? 否。それどころか、この2年、政治の混迷が続いたために、海上保安庁の権限を強化する「改正海上保安庁法」さえも、先月(8月)末ようやく成立にこぎつけたという体たらくだ。
中国も新政権誕生後の状況は不透明だが、先方を甘く見るべきではない。日本の外交筋では、中国は「尖閣は台湾のもの。台湾は中国のもの。したがって尖閣は中国のもの」という理屈であるから、台湾を介さずに中国自身が思い切った手に打って出ることは当面ない、との、一種の楽観論が聞かれるという。本当にそうだろうか?
■岩一つも疎かにできない現実
ここで本稿冒頭の話に戻りたい。日本には6852の島があり、どれひとつも重要だということはおわかりいただけただろうか。一方、島々の周りには多くの「岩」がある。岩は島ではないので、領海やEEZ、大陸棚の起点とはならない。ただ、たとえばその一つに強引に掘立小屋でも立てて人が居つけば話は変わって来る。
先述の国連海洋法条約では、岩と島との違いは「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない」ことにある。人が住んでしまえば、「島」となる可能性もある。現に中国は、南沙諸島で岩礁に掘立小屋を立てて人を住まわせ、それを徐々に補強して、数年後には立派な軍事施設を立てるまでに変化させ、島のような状態を創り出した実績がある。
尖閣諸島の周辺には総面積0.01平方キロにも及ぶ、大きな岩がある。南沙諸島の岩礁よりははるかに人が居つくには快適と思われる規模である。南沙諸島で実績のある中国人がある日突然、同じことをしでかさない保証はない。
領土を守るためにはたとえ岩一つといえども疎かにはできない。この厳しい現実と向き合い続け、緊張感を保ち続けられるか否か。相手の出方を読みながら、半歩でも、実効支配強化を前進させるため、情報戦や法律戦における具体的な手を繰り出せるか否か。いま私たちは自らの心の中の備えを試されているのである。
<筆者プロフィール>
有本 香(ありもと・かおり)
ジャーナリスト
企画会社経営。東京外国語大学卒業後、雑誌編集長を経て独立。近年とくに中国の民族問題の取材に注力している。『中国はチベットからパンダを盗んだ』(講談社)『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』(祥伝社)の他、近著に『中国の「日本買収」計画』(WAC BUNKO)がある。
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◆ [石平のChina Watch] 習近平氏の罠に要注意/中国の沖縄工作の狙い~日本の中国属国化 2012-09-27 | 政治〈領土/防衛/安全保障〉
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◆ 【尖閣】 習近平氏、米に「主権問題に介入しないよう」要求 / 中国の謀略戦(法律、世論、心理の三戦) 2012-09-21 | 政治〈領土/防衛/安全保障〉
習氏の尖閣発言 長期戦に備え同盟結束を
産経ニュース 【主張】2012.9.21 03:09
中国の次期最高指導者となる習近平国家副主席がパネッタ米国防長官との会談で、日本政府の沖縄県・尖閣諸島国有化を「茶番」と批判した。米国に対しても「言動を慎み、主権問題に介入しないよう希望する」と高圧的要求を行った。
主権国家の行動を愚弄する非礼な発言であるだけでなく、尖閣問題で日米同盟分断を狙った要求と受け止めざるを得ない。野田佳彦政権は強く抗議すべきだ。同時に尖閣奪取を狙った中国の攻勢の長期化を覚悟した上で、日米の結束を強化し、有効な対抗措置を進めるべきだ。
訪中前に日本を訪ねたパネッタ氏は、日本防衛義務を定めた日米安全保障条約の「尖閣適用」を改めて確約し、在沖縄米海兵隊の新型輸送機オスプレイの運用開始に向けた協議も進めた。
習氏の発言は、日米同盟のこうした動きを阻止し、米国の手も縛ろうとする意図が明白だ。満州事変を持ち出して日本の軍国主義を批判するなど、「反日」の姿勢も習氏は鮮明にした。
今回、中国側は一連の反日デモに加え、中国公船による領海侵入の常態化、経済通商面での圧力、「尖閣領有」を主張する海図の国連提出など、強硬かつ計画的な措置を次々と打っている。中国側の大陸棚延伸案も国連大陸棚限界委員会に持ち込むという。
習氏発言と併せて、人民解放軍の政治戦略の法律戦、世論戦、心理戦を駆使して一気に尖閣奪取に出てきた可能性もある。
問題は、日本政府の対抗措置が後手に回りがちなことだ。野田首相は19日、中国の反応が「想定を超えている」と述べた。危機管理に問題があることを事実上認めた発言ともいえ、極めて遺憾だ。
玄葉光一郎外相も「日本の対外発信を強化しなければ」と語ったが、中身がはっきり見えない。日本が尖閣で「領土問題は存在しない」との立場をとってきたことが足かせになっていないか。
オスプレイは、米海兵隊の装備・展開能力を飛躍的に高め、とりわけ尖閣周辺の緊急事態にも有効だ。中国に対する抑止力強化にもつながる。野田政権はその早期運用開始に全面協力するとともに、尖閣に関する日本の立場と主張を米国に繰り返し伝えるべきだ。
尖閣の防衛手順を緊密に調整することも欠かせない。日米は長期戦に備えなければならない。
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◆ 中国の一貫した謀略戦(長期間かけた法律、世論、心理の三戦)に曝されている日本 尖閣諸島 2012-07-30 | 政治〈領土/防衛/安全保障〉
日本を絶体絶命の危機に陥れつつある中国 長期間かけた法律、世論、心理の三戦を実施中
樋口譲次 JBpress 2012.07.24(火)
石原慎太郎・東京都知事によって、尖閣諸島の購入計画が明らかにされると、国内では大きな反響と支持の輪が広がり、すでに10億円を超える賛助金が集まっているようである。
これに対し、中国は当然のように反発を強めているが、尖閣諸島略取の対日戦略は40年余りにわたり終始一貫して展開され、年を追うごとにエスカレートしてきた。その戦略は、いったいどのような思想の下に押し進められているのか?
■中国の三戦、「世論戦」+「心理戦」+「法律戦」
いつもながら中国に対する控えめな表現が目立つ防衛白書(平成23年版)であるが、中国の「三戦」については、次のように記述している。
「中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、「三戦」と呼ばれる「輿(世)論戦」、「心理戦」および「法律戦」を軍の政治工作の項目に加えたほか、『軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させる』(2008年中国の国防)との方針を掲げている」と。
1963(昭和38)年に公布された「中国人民解放軍政治工作条例」は、2003(平成15)年に改正され、「世論戦」、「心理戦」および「法律戦」の実施を明確に規定した。
過剰なまでにシビリアン・コントロールを強調する戦後の日本にあっては、軍が行う「政治工作」という概念が理解できないかもしれない。
中国軍の「政治工作」とは、対内的には「共産党の軍隊」であるとの基本原則を堅持するための政治思想教育の徹底であり、対外的には国家目標を達成するため「軍隊の戦闘力を構成する重要な要素」としての軍による政治活動を、前もって相手国(その同盟国を含む)に仕かけることを意味していよう。
軍による対外的政治工作は、軍事を純粋に軍事力という物理的要素からだけではなく、心理的、政治的要素にも重きを置いて考える「孫子」の戦略思想を反映したものである。
時々、中国政権内部における軍の独走が話題になる。しかし、「世論戦」、「心理戦」および「法律戦」を代表的手段として行われる軍の政治工作は、軍単独ではなく、政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に絡ませ、国家のあらゆる機能を駆使して展開される。その策動の目標の1つが、まさに尖閣諸島なのである。
■「孫子」の「戦わずして勝つ」の現代的実践としての三戦
一般的に、戦争は、相手国を軍事力で撃破して目的を達成するものと考えられがちだ。しかし、孫子は、相手国の占領支配を目的とする戦争においては、敵国を保全したまま勝利を獲得するのが最上の策であると主張する。
つまり、「不戦而屈人之兵、善之善者也」(「孫子」第3章謀攻篇)、すなわち「戦わずして勝つ」ことである。
中国では、王朝の交代のたびに繰り返されてきた残虐な戦いで、何千万とも言われる大量の人命と莫大な財産が失われてきたが、この歴史が、上記の考えを補強してきたのは、なるほどとうなずけるところである。
ヘンリー・キッシンジャー博士は、米国の親中派の代表と目される重鎮であるが、回顧録「中国(上)」(岩波書店)の中で、「中国人は、常にぬけ目のないリアルポリティクス(現実的政治)の実行者である」と喝破している。
古来、中国は、権謀術数の国であり、極めて策略的である。そして、中華人民共和国(人民解放軍)を作った毛沢東がそうであったように、中国は「孫子」の忠実な実践者であり、その「戦わずして勝つ」の現代的実践の手段が、中国が三戦として掲げる「世論戦」、「心理戦」および「法律戦」なのである。
米国防省は、2010年8月の「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」の中で、中国の三戦について、次のように説明している。
「世論戦」は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することがないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とするもの。
「心理戦」は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの。
「法律戦」は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する反発に対処するもの。
いずれにしても、中国の三戦を一言で置き換えれば、「謀略戦」で勝つということである。「謀略戦」は、平・戦両時にわたって展開されるが、特に、平時の戦いにおける主要手段として重視して運用される。
「謀略戦」は、「間諜」(スパイ活動)や「詭道」(相手を偽り欺くこと)などとともに併用され、その狙いは、相手国の意図を測り、油断を誘い、戦備を弱め、そして戦意を挫くことにある。同時に、相手国の同盟関係(日米同盟)を機能不全とし、あるいは解体するにある。
この「謀略戦」は、尖閣諸島などを標的に、すでに我が国に対して広範に仕かけられており、明らかに現在も進行中である。
そして、今後も執拗に続いて行くものと覚悟しなければならない。従って、その狙いと実態を十分に承知し、これに打ち勝つ対中戦略を練り、国を挙げて対応する体制を整備することが必要である。
■謀略戦に乗じられやすい民主国家の弱点
建国以来、米国が、唯一敗北を味わったのはベトナム戦争である。
「孫子」の弟子である北ベトナムのホー・チ・ミン大統領やボー・グエン・ザップ将軍は、その間接的な攻撃と心理戦の原則を自分たちの戦争に適用した。
そして、その巧妙な報道操作によって、南ベトナム国家警察本部長官によるベトコンの銃殺、「ソンミ村事件」に代表されるベトナム住民の虐殺、爆撃で焼き出され裸で泣きながら逃げ惑う少女の姿など、参戦の大義に対する疑念と戦争の残虐さをアピールする映像がテレビなどで繰り返し米国のお茶の間へ持ち込まれた。
米国内では、ベトナム戦争派兵の支持率は急速に低下し、反戦の声は高まり、厭戦思想(気分)が全国規模にまで拡大して米軍の撤退を早めた。ベトナム戦争は、史上初めて、戦場ではなく新聞の紙面やテレビの画面で勝敗が決まった戦争(「テレビ戦争」、「リビングルーム戦争」)だと言われている。
1993年10月、「ブラックホーク・ダウン」で有名になったソマリアの「モガディシュの戦闘」でも同様なことが起こった。米軍の「MH-60ブラックホーク」がソマリア民兵に撃墜された。そして、18人の米兵が殺戮されて市中を引きずり廻されるテレビ映像が公開された。
米国民の間には衝撃が走り、一挙に撤退論が噴出して、ソマリア内戦で発生した難民に食糧援助を行うために参加した平和維持活動(PKO)の目的を果すことなく撤退を余儀なくされた。自由な民主社会における情報の持つ威力である。
一方、中国あるいは北朝鮮のように、共産党(朝鮮労働党)一党独裁で、思想・言論・報道の自由を認めず、強度の統制を行う国家では、このような事態には陥り難い。ちなみに、ソ連邦の崩壊は、「情報公開(グラスノスチ)」が大きなきっかけになったと指摘されている。
このように、強権支配の全体主義国家と自由な民主主義国家との抗争においては、非対称の政治社会体制が戦いの帰趨を左右する大きな要因となり得る。
特に、意見の多様性を認め、情報の自由な発信・交換を認める国家では、政治家、軍隊、国民そしてマスコミまでもが謀略戦の格好の対象となり、敵に乗じられやすい社会環境が存在する。
秘密保護法もスパイ防止法もない我が国は、その不備を深刻に認識し、法制定やマスコミのあり方などを含めて弱点の解消策を真剣に検討する必要がある。
■我が国への「三戦」の仕かけ~その実態
そこで、現在、日中間で最大の懸案事項となっている尖閣諸島問題を題材に、中国の「謀略戦」の実態について公刊資料を基に概説してみよう。
尖閣諸島は、歴史的にも、国際法的にも我が国の固有の領土であり、我が国が実効支配している。
この尖閣諸島に対して、中国は、自国領土である根拠も、実体も皆無であるにもかかわらず、あたかもそうであるかのように捏造し、略取する「謀略戦」を大胆かつ執拗に仕かけている。誠に不届き千万、厚顔無恥な国家と言わざるを得ないのだが・・・。
そもそも、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは1971年12月である。1968年秋、日・台・韓の専門家が中心となり、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の協力を得て行った学術調査の結果、東シナ海に石油埋蔵の可能性があるとの指摘がなされたのが発端だ。
1972年の日中国交正常化交渉第3回田中・周会談において、周恩来首相は「尖閣諸島問題については、・・・石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」(服部隆二著「日中国交正常化」中公新書)とその事実を認めている。
そのうえで中国は、当時、中ソ対立の激化にともない、対ソ戦略上日中講和を急いだため、自ら本問題の一時棚上げを提案した。
しかし、中国の「謀略戦」は、1970年代初頭からすでに始まっていた。その主要な事象を追ってみよう。なお、文末の括弧内は、三戦のうち、どの戦いに該当するかを示している。
1971年、米国サンフランシスコで中国人留学生らが尖閣諸島は中国固有の領土であると主張するデモを行い、これが世界中の中国社会にも拡大されて「保釣運動」へと発展した(世論戦)。
1978年には、約100隻の中国漁船が尖閣諸島に接近し、領海を侵犯して違法操業を行った。この後、中国人活動家などの領海侵犯が繰り返されていく(世論戦、心理戦)。
1992年、中国は「中華人民共和国領海法」を制定し、釣魚列島(尖閣諸島)が自国領であると規定した。(法律戦)なお、翌年(1996年)、国連海洋法条約が発効し、我が国は尖閣諸島周辺における排他的経済水域を設定した。
2003年、厦門市で開催された全世界華人保釣フォーラムにおいて「中国民間保釣連合会」の結成を決定した(世論戦)。
翌年、この連合会などが準備した抗議船2隻は、領海を侵犯し、魚釣島から約3海里地点に20個の石碑を沈めている。尖閣諸島には、かつて中国人が居住していたとの証を作為するためである(法律戦)。
本問題とも関連するが、中国は、2004年4月、我が国の沖ノ鳥島は「島」ではなく「岩」であり、日本の領土とは認めるが、排他的経済水域は設定できないと主張した。
そして、2009年8月の国際連合大陸棚限界委員会において、沖ノ鳥島を「人の居住または経済的生活を維持できない岩」であると認定するよう意見書を提出している。
その主張に反して、南沙諸島西北部の群礁である赤瓜礁には人工建造物を構築しており、自国に有利なように国際法を解釈し、あるいは自国の主張を裏付ける国内法の制定を行うなど、近年積極的な法律戦を展開するようになっている。
2008年には中国国家海洋局所属の海洋調査船2隻が、尖閣諸島付近の領海を約9時間にわたって侵犯した。これ以降、中国は国家機関を表に出して主権を主張するようになり、行動は一段とエスカレートした。
我が国は、翌年、海上保安庁による同諸島周辺の監視態勢を強化するため、PLH型巡視船の常駐化を決めたが、中国外交部は北京の日本大使館に対し「日本が行動をエスカレートさせれば、中国は強硬な反応を示さざるを得ない」と、恫喝まがいの抗議を行った(心理戦、世論戦)。
2010年9月7日、中国漁船が領海を侵犯し、海上保安庁の巡視船の停船勧告を無視して逃走する際、巡視船に衝突を繰り返したため、同船長が公務執行妨害で逮捕・勾留されるという「中国漁船衝突事件」が発生した。
中国政府は、即座に複数の報復措置を繰り出した。
日本との閣僚級の往来停止、航空路線増便の交渉中止、石炭関係会議の延期、日本への中国人観光団の規模縮小、在中国トヨタの販売促進費用を賄賂と断定、日本人大学生の上海万博招致の中止、中国本土にいたフジタ社員4人をスパイ容疑で身柄拘束、レアアースの日本への輸出停止などである。
そして、9月10日には中国の漁業監視船「漁政201」と「漁政202」が尖閣諸島付近の日本の接続水域に侵入するとともに、18日、中国国内4都市では数百人規模の反日デモが組織され、21日、ニューヨークを訪れていた温家宝首相は「我々は(日本に対し)必要な強制的措置を取らざるを得ない」と述べた(心理戦、世論戦)。
これに屈したかのように、民主党政権は、25日、中国人船長を処分保留のまま釈放した。しかし中国政府は、中国人船長逮捕に関して日本に謝罪と賠償を要求するとともに、尖閣諸島海域における「漁政」によるパトロールを常態化させることを決定した(心理戦、世論戦、法律戦)。
昨年(2011年)、香港の民間団体「保釣行動委員会」は、世界各国の保釣運動6団体を結集して「世界華人保釣連盟」(会長は台湾人)を設立した。両岸問題を抱える中台であるが、こと尖閣諸島問題に限ってはこの外交的演出を通して共闘関係にあることを見せ付けようと腐心している(世論戦、心理戦)。
この年は、漁業監視船に加え、中国海軍Y8情報収集機とY8哨戒機、国家海洋局のヘリコプターそして海洋警備機関である海監所属の「Y12」プロペラ機など航空機による活動が活発化してきた。
また、中国の海洋調査船「北斗」と「科学3号」が我が国の排他的経済水域内でワイヤー状のものを下し曳航しているのが度々確認されており、海洋調査を本格化させているのは明らかだ。これらの諸活動が、軍の統制下にあることは周知の事実であり、その行動の三次元化(立体化)が顕著となっている(心理戦、世論戦)。
今年(2012年)になって、中国政府および政府系報道機関は、初めて釣魚列島(尖閣諸島)を、チベット・新疆ウイグル自治区および台湾と同じように中国の「核心的利益」と表現するようになった。
3月には、中国国家海洋局所属の「海監50」と「海監60」が我が国の接続水域に侵入し、このうち1隻が25分にわたって領海を侵犯した。本行動について、同海洋局の海監東海総隊責任者は「日本の実効支配打破を目的とした定期巡視」と述べるまでに至っている。
■最後は、心理的な戦いだ
「孫子」は、中国の春秋時代(紀元前8世紀~)末に呉王闔廬(こうろ)に仕えた兵法家・孫武が書き残した兵法書と伝えられている。その「孫子」以前に成立していたとされる「囲碁」は、中国人の戦略的思考を色濃く投影している。
碁盤上では、同時に数か所で異なった戦いが繰り広げられるが、それらは相互に絡み合って展開され、最後は支配した領域の多寡をもって相対的優位を争う戦略的包囲戦である。
また、日本の「将棋」や西洋の「チェス」を短期決戦とすれば、「囲碁」は長期持久戦である。
「世論戦」、「心理戦」および「法律戦」は、独立した概念のように分類されているが、尖閣諸島問題に関する中国の対日戦略に見られる通り、実際は相互に密接不可分の関係にあって、三位一体として運用される。中国の三戦は、まさに「囲碁」のゲームの理論に沿って展開されるのである。
「世論戦」は「心理戦」と「法律戦」の展開を促進するため国内外における同調意見の高まりを作為して相手の敵対心を弱め、「心理戦」は「世論戦」と「法律戦」の遂行を可能とするよう相手の意識を攪乱・操作し、「法律戦」は「世論戦」と「心理戦」を助長するための法的布石を打つという具合である。
このように、中国の三戦は、戦略的包囲戦ならびに長期持久戦として巧妙にかつ何年もかけて忍耐強く遂行される。そして、「相手国の為政者と国民の目を曇らせ、心を腐らせる」ことを狙いとし、「熟柿(膿み柿)」になって落ちるのを待つ。
すなわち、敵を絶体絶命の窮地に誘いこみ、戦う前にその軍隊や国が無傷のままで降伏するように陥れるのである。その要訣は、大きな軍事力を背景とした心理的な戦いをもって政治目的を達成することにほかならない。
我が国が、中国の一貫した謀略戦に曝されている重大な事実と深刻な実態を、政府はもとより、国民も重々肝に銘じなければならない。
<筆者プロフィール>
樋口 譲次 Johji Higuchi
元・陸上自衛隊幹部学校長、陸将
昭和22(1947)年1月17日生まれ、長崎県(大村高校)出身。防衛大学校第13期生・機械工学専攻卒業、陸上自衛隊幹部学校・第24期指揮幕僚課程修了。米陸軍指揮幕僚大学留学(1985~1986年)、統合幕僚学校・第9期特別課程修了。
自衛隊における主要職歴:
第2高射特科団長
第7師団副師団長兼東千歳駐屯地司令
第6師団長
陸上自衛隊幹部学校長
現在:
郷友総合研究所・上級研究員、日本安全保障戦略研究所・理事、日本戦略フォーラム 政策提言委員などを務める。
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◆ “理不尽”中国とどう向き合うべきか 南シナ海・中沙諸島スカボロー礁/フィリピン特命大使を直撃 2012-08-02 | 国際/中国/アジア
“理不尽”中国とどう向き合うべきか!フィリピン特命大使を直撃
zakzak2012.08.02
フィリピンが国連海洋法条約に基づき主権を宣言している南シナ海・中沙諸島スカボロー礁について、中国も領有権を主張して監視船を派遣するなど、緊張状態が続いている。沖縄・尖閣諸島をめぐる中国の理不尽な対応と似ている。南シナ海や東シナ海での覇権を求める中国と、どのように向き合うべきなのか。フィリピンのマニュエル・M・ロペス駐日特命全権大使が単独インタビューに応じた。
「スカボロー礁は5つの島を有する無人の岩礁で、周辺海域は長期にわたってフィリピンが実効支配し、排他的水域の一部です。美しいサンゴ礁が広がり、豊かな海洋資源に恵まれています」
ロペス大使はこう語る。スカボロー礁はフィリピンの主島ルソンから230キロだが、中国本土からは874キロの海上にある。中国は領有権を主張し、7月末時点でまだ、周辺海域に軍事的圧力をかけている。
「われわれは、この問題について(海洋に関する国際紛争を解決する)国際海洋裁判所に判断を仰ぐべきだと考えています。フィリピンも中国も国連加盟国であり、国連海洋法条約の批准国だからです」
だが、中国が拒否しているため、現在のところ法的解決の見込みはない。さらに中国は最近、同海域に「海南省三沙市」設立を一方的に宣言した。ロペス大使は毅然として、こう強調する。
「この区域には、わが国の海域も含まれており、断じて認めることはできません。外交ルートを通じて、すでに中国に厳重に抗議しました」
実は、中国人民解放軍の強硬派、羅援(ラ・エン)少将は今月初め、香港のテレビ番組で、尖閣諸島に中国の行政区を設立する戦略を明かしている。スカボロー礁と似た思考といえる。
中国が、フィリピンに対して強硬姿勢をとる背景として、「米軍事基地がフィリピンから撤退して脅威が消えたため」という見方がある。ロペス大使はこれに反論する。
「そもそも、基地の存在より、1951年に締結されたUS-フィリピン相互防衛条約が重要です。わが国に攻撃が加えられたら、米国は排除しなければならない義務があります。そして、南シナ海は太平洋地域の一部としてこの条約に含まれています」
一方、フィリピンはASEAN(東南アジア諸国連合)のメンバーとして、中国との共存の方向も探っている。
「7月9日に開かれたASEAN外相会議で、南シナ海での行動原則を作ろうとしました。実現すれば南シナ海に秩序が生まれ、紛争の発生を防止できたのです。フィリピンはスカボロー礁の情勢を共同宣言に盛り込もうとしました。しかし、ASEAN議長国が反対し、通例の共同声明まで出せなくなりました。ASEANの45年の歴史の中で初めてのことです」
外相会議が失敗した一因は、今年の議長国カンボジアが中国に近いためともいわれている。
「われわれはASEANを信頼し続けます。ASEANの国々が団結すれば、中国も無視できないでしょう。われわれはまた、中国の経済的側面を分けて見るべきです。共存共栄の道はきっとあります」 (ジャーナリスト・安積明子)
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◆南沙諸島:中国の基地化進む/ミスチーフ環礁に建造した「軍事拠点」 2012-08-02 | 国際/中国
南沙諸島:中国の基地化進む…フィリピンが写真公開
毎日新聞 2012年08月02日 09時53分(最終更新 08月02日 10時14分)
【バンコク岩佐淳士】海上に浮かぶコンクリート製の構造物。上には3階建ての建物などが見える。7月中旬にフィリピン海軍が撮影したこの写真は、中国が95年、南シナ海・南沙諸島(英語名スプラトリー諸島)のミスチーフ環礁に建造した「軍事拠点」だ。最近新設されたとみられる風力発電装置やヘリポートらしき施設も確認され、中国が実効支配を進めている様子が分かるという。
ミスチーフ環礁は、中国やフィリピンなどが領有権を争う南沙諸島のほぼ中央に位置。フィリピン側は自国の排他的経済水域(EEZ)内だと主張するが、中国はこの「拠点」を建設以降、周辺に艦船を常駐させている。
フィリピン海軍関係者によると、中国は南沙諸島にこのほか数カ所の「軍事拠点」を建設。ミスチーフ環礁のこの建造物は最大で「中国側は基地をどんどん建て増している」という。
南沙諸島では今年に入り、中国のレーダー施設とみられるドーム型の構造物も確認されている。
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