【毒物カレー事件】当時の捜査1課長「日本警察の威信かけた」

2009-04-21 | 死刑/重刑/生命犯

【毒物カレー事件】当時の捜査1課長「日本警察の威信かけた」
産経ニュース2009.4.20 20:23
 和歌山の毒物カレー事件で、捜査で陣頭指揮をとった当時の和歌山県警捜査1課長、野村剛士さん(65)は「日本警察の威信をかけた捜査だった」と振り返った。
 「カレーを食べた人が次々と病院に搬送されている」。事件の一報を聞いたとき、単なる食中毒ではなく事件の可能性もあると考え、100人体制での現場保存を指示。この初動捜査が、後に功を奏した。
 「ゴミ袋から見つけた紙コップから、後にヒ素が検出された。それどころか、あやうくカレー鍋も片づけられるところだった」
 2カ月後の真須美被告宅の捜索で押収したプラスチック容器からは、たった7粒だけヒ素粉末が発見された。これらのヒ素がSPring-8でカレーに混入されたヒ素と同一製品だと鑑定されたとき、「これで勝った」と思った。
 まるで戦争のような日々。その過程では“戦死者”もいた。この年の9月2日に47歳で亡くなった村井常弘警視。過労死だった。「彼を亡くしたことを指揮官として一生悔やむと思う」
 平成14年12月の1審判決は刑事部長室で聞いた。「現役のうちに判決を聞くことができて感無量だった」。翌年2月、定年まで1年を残し退職。上告審判決を迎え、「大きな節目であることは確か。でも被害を受けられた方のことを思うと、事件は決して終わらないのだと思う」と話した。

【毒物カレー事件】21日に最高裁判決 遺族や被害者の胸中は…
2009.4.20 20:10
 和歌山の毒物カレー事件で、殺人などの罪に問われ1、2審で死刑判決を受けた林真須美被告(47)に対する上告審判決が21日、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)で言い渡される。毎年恒例の夏祭りが惨劇へと暗転してから、10年9カ月。事件はひとつの区切りを迎えるが、遺族や被害者らは決して癒えることのない悲しみと今も向き合い続けている。
 「5年、10年は区切りにはならない。あえて区切りといえるのは判決」
 事件の犠牲となった園部第14自治会長、谷中孝寿さん=当時(64)=の妻、千鶴子さん(72)は昨年7月、事件発生から10年を迎えるのを前に、こう話していた。
 私立開智高校1年だった娘の鳥居幸(みゆき)さん=当時(16)=を亡くした百合江さん(58)も「気分的に何か話せる状態にない」と答えるだけだ。
 娘がカレーを口にした男性(66)が「カレー事件より後に起きた事件でも、死刑が執行されているのに…」と話す一方、娘が被害に遭った女性(55)からは「真須美被告も4人の子を持つ母親。死刑にするのはどうなのか、という気持ちがわいてきた」という声も聞かれた。
 10年余の月日は、地域の風景にも変化をもたらした。平成12年2月に放火のため全焼した真須美被告宅の跡地は競売の末、自治会が購入、公園として整備された。惨劇の舞台となった祭り会場の空き地には民家が建った。
 被害者の会副会長の杉谷安生さん(61)は「真須美被告がなぜあんなことをやったのか、動機を知りたい。それがないと、判決が確定しても胸のつかえは残る」と、かみしめるように話した。
 真須美被告の弁護側は、上告趣意書で「カレー事件は、嫌がらせのため食中毒騒ぎを起こそうとした犯行だった」との主張を展開した。そのなかで真須美被告から“真犯人”とほのめかされた住民の女性は「そのことはあまり話したくない。思いだしたくない」と表情を曇らせた。女性はカレーを食べて急性ヒ素中毒で入院。今も、その後遺症とみられる手足のつめの変形に苦しんでいる。
     ◇
 和歌山の毒物カレー事件 平成10年7月25日、和歌山市園部の自治会主催の夏祭りに出されたカレーにヒ素が混入され、谷中孝寿さんと鳥居幸さん、自治会副会長の田中孝昭さん=当時(53)、市立有功(いさお)小4年の林大貴(ひろたか)君=同(10)=の4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒に罹患(りかん)した。和歌山県警は同年10月4日、別の殺人未遂容疑などで林真須美被告を逮捕。12月9日にカレー事件の殺人、殺人未遂容疑で再逮捕した。被告は無罪を主張したが、1審和歌山地裁、2審大阪高裁はともに死刑を宣告。被告側は上告した。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です


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