裁判員裁判:米子の強殺・求刑公判 被害者無念、生涯背負う 無期懲役が相当 /鳥取
鳥取地裁32号法廷で審議が進む強盗殺人事件の裁判員裁判。公判4日目の26日、検察側は無期懲役を求刑した。裁判員裁判で初めての死刑求刑の可能性があることから注目を集めたが、検察は「動機に同情の余地があることは否定できない」とし、「永山基準」に沿って無期懲役が相当と結論づけた。論告に先立つ被告人質問で影山博司被告(55)は「やってはいけないことをやってしまった」と涙声で謝罪した。
■被告人質問
9時56分 紺色のスーツ、青色のネクタイ姿の被告が一礼して入廷。
10時00分 開廷。弁護人による被告人質問のため、被告が証言台に着席。遺体を放置したことや被告の家族に対する思いなどを聞かれた後、最後に被害者に対する気持ちを聞かれ、「やってはいけないことをやってしまった。本当にごめんなさい」と涙声で謝罪した。
10時47分 被害者参加人の大森さんの長男が「あんたの人生を狂わせた本当の根本は何か」とただすと、被告は「自分の主張ができなかったことがこういう結果につながった」と答えた。
10時50分 左端の男性裁判員が犯行後に使った金の使途について質問。その後、検察官が前日に裁判員から出た「2人の遺体があるビルで資金繰りの作業ができたのは、当初から金銭目的だったからか」との質問に触れ、「鋭い質問で、事件の本質を的確に見抜いていた。(金銭が)必要と考えての犯行であったことは明らか」と述べた。
■論告・求刑
11時05分 検察側の論告開始。検察官が証言台に立ち、裁判員に向かって事実関係から説明。「うらみを募らせたことと借金の返済にせっぱ詰まったということは切り離せない関係だ」と述べ、改めて強盗目的を指摘した。
続いて情状に移った。石谷さんの預金を奪うため2人も殺害し、遺体を3カ月も放置したのは、「凶悪重大な事件」「短絡的そのもの」としながらも、私的雑務に使われていた状況などから「同情の余地がある」と述べた。
◇動機に同情余地ある 検察官、強盗目的は指摘
12時00分 死刑選択の判断基準とされる「永山基準」を説明。動機形成に同情の余地があるとして、無期懲役を求刑。その瞬間、右から3番目の裁判員は顔を上げ、検察官をじっと見つめた。
12時05分 大森さんの長男が証言台に立ち、母への思いをハンカチで涙をぬぐいながら話した。被告が犯行直後に自首せず、遺体を放置したため「死に顔すら見ることなく永遠に別れることになりました」と述べた。
また裁判員に対して「人が人を裁いていいのかと議論がある。極刑ならなおさら心を重く苦しくさせることでしょう。責任を果たすことで人間に戻らせるために刑を受けるのです」と述べた。最後に改めて「断じて極刑を望みます。母の無念さを思うと極刑以外はありえません」。この後休廷。
◇弁護人「一般の感覚で温情判決を」
■最終弁論
13時30分 再開。弁護人は最終弁論で「裁判員制度は一般のみなさんの感覚を取り入れるため」と話し、「思いきった温情のある判決をお願いします」と求めた。
14時00分 被告が最後の陳述のため証言台に。「被害者2人の墓参りがしたい」と話し、被害者の無念さや遺族の思いを生涯背負っていくと述べた。
14時09分 閉廷。裁判員と裁判官は評議に。1日と2日にも評議する。
◆起訴内容
米子市の税理士事務所で経理を担当していた影山博司被告(55)は昨年2月、事務所代表の石谷英夫さん(当時82歳)と同居の大森政子さん(同74歳)を首を絞めるなどして殺害し、石谷さんのキャッシュカードを奪って現金約1200万円を引き出したとされる。
==============
◇論告・求刑要旨
被告人、弁護人は、長年の恨みが犯行の原因であり、金目的はなかったと主張している。検察官も、恨みが原因であったことを否定しないが、それだけでなく、借金返済等のために石谷さんの通帳を奪う目的もあったことは間違いないと考える。争点は、恨みか金目的かではない。本当に恨みだけで殺したのか、それとも、恨みもあった上、借金返済などに切羽詰まって金を得る目的も同時にあったのかが、争点なのである。
被告人は09年1月30日から2月2日にかけて、合計76万円をクレジットカード会社等から借り入れ、これらを税理士事務所の支払いに充てた。この時点で被告の借金総額は約840万円にまで膨らみ、借り入れ可能残高は約28万円にまで減少していた。09年2月下旬以降の税理士事務所の支払いについても、自己の借金返済についても資金がまわらない状態に陥り、破たんのピンチに陥った。
(事実)
被告人は09年2月21日の殺害直後、現金7万円を強奪した。また、石谷さんのかばんに血のついた書類等があることから、被告人が、石谷さんを殺害した直後、まだ血のついた手でかばんの中をあさったことも認められる。そして、被告人は、遅くとも2月22日までには、石谷さんの通帳や印鑑を奪った。
(動機)
経理担当として、会社の資金繰りがひっ迫している時には自ら借金をして会社の支払いに充てる一方、会社の資金で自己の借金を返済することを繰り返す中、結局、自己の借金を膨らませていたもので、金銭的困窮を2人もの人間を殺害することにより解決しようとした。大森さんまで殺害したのも預金を奪うため。金銭的に行き詰まった状態を解決するために2人を殺すのは短絡的。実行の約3週間前には凶器のプライヤを事務所に持参するなど計画的な犯行だ。
一方、石谷さんは、自宅の新築資金をためるため月々180万円を会社から持ち出すなどし、会社の資金繰りを大きく圧迫していたこと、従業員らを怒鳴りつけて売り上げの確保、未収金の回収を迫るなどし、従業員らを萎縮(いしゅく)させていたことが認められる。
また、石谷さんが被告人を私的雑用にも使うなどしていた事情もある。被告人が、追いつめられた揚げ句、犯行に及んだ側面があり、一定の同情の余地があることは否定できない。
(執よう性、残虐性)
石谷さんについては、プライヤで頭部を7~8回も殴打し、電気コードで絞殺。現場の壁、床、天井に血痕が飛まつし、血だまりができたほどの凄惨(せいさん)な犯行。大森さんについて、頭部を玄関土間に打ち付け、ネクタイを首に巻き付けて、思い切り引っ張って殺害したもので、残忍。
(遺族の処罰感情)
石谷さの長女と次女は積極的に死刑までは望んでいないが、「今後の一生をかけて罪を償うべきだ」と厳しい処罰感情を述べている。石谷さんの長男は、過去に父親の会社で稼働していたときの自己の置かれた立場と照らして、被告人に同情する気持ちがあるが、決して許していない。
◇最終弁論要旨
検察官と弁護人で意見が異なっている3点、強盗殺人が成立しない▽計画性がない▽利益がない、について、そしてなぜ有期懲役とすべきなのかについて話します。
この事件は十数年にもわたる、影山さんの石谷さん、大森さんとの抑圧された関係がなければ起こりはしませんでした。経済的な負担もありました。しかしそれは人間関係の一部にとどまり、本質的な部分ではなく、直接、事件に結びついてはいません。経済的な負担がなくてもほかの関係からでも事件は起こりえたでしょう。
事件が強盗でない根拠を挙げます。現金、キャッシュカードをとったのは2人が亡くなった直後ではありません。その日の夕方になってからです。通帳と印鑑については翌日です。口座のお金をおろすことが動機、目的であったのであれば、直後にこれらのものをとったはずです。
計画的であったのなら、別の時間、場所で行っていたはずです。遺体を5階や屋上にそのままにしておくことはなかったはずです。
影山さんは利益を得ていません。借金は会社のためです。自らの欲望のために2人をあやめていません。
有期懲役とすべき理由は、石谷さん、大森さんはあたかも影山さんを前近代的な「奉公人」であるようにしていました。責任を負わなくていいはずの会社の資金繰りまでしなければならなかったことを考えると「奉公人」以下といってもいいでしょう。2人をあやめたことの責任は重大です。しかし、影山さんは社会復帰の上、自分自身の生活をすることを許すだけの十分な理由はあります。
検察官は無期懲役を求刑しました。2人の死亡という結果だけをみるのであれば、無期懲役に相当する責任の重さはあると思います。しかし結果だけでなく、これまで破たんした石谷会計事務所が経営を続けてこれたこと、被害者2人が人並み以上の生活をしていたことへの貢献を考えたとき、無期懲役でも重すぎます。
この事件では過去の判決を参考にすべきではありません。過去の判決はいずれも裁判官のみによる判決です。裁判員裁判が始まったのは、判決に一般のみなさんの感覚を取り入れるためです。個々の裁判員のみなさんが、どれだけの刑罰が相当なのか、ご自身の感覚で判断して意見を述べていただくことをお願いします。
影山さんは30歳以後の人生で、石谷さん、大森さんに尽くしてきました。残りの生涯を2人への償いだけで費やさせるのはあまりに酷で理不尽なことだと思います。それでは、影山さんの人生はなんだったのか。影山さんが置かれた状況は、精神的、経済的虐待といっていいと思います。
石谷会計事務所における20数年は懲役とはいわないまでも、相当の苦痛と忍耐を費やすものでした。この長期の時間を考慮すれば法律上許される範囲でできるかぎり軽い処罰でも許されるのではないかと感じてます。
毎日新聞2010年2月27日 地方版
鳥取地裁32号法廷で審議が進む強盗殺人事件の裁判員裁判。公判4日目の26日、検察側は無期懲役を求刑した。裁判員裁判で初めての死刑求刑の可能性があることから注目を集めたが、検察は「動機に同情の余地があることは否定できない」とし、「永山基準」に沿って無期懲役が相当と結論づけた。論告に先立つ被告人質問で影山博司被告(55)は「やってはいけないことをやってしまった」と涙声で謝罪した。
■被告人質問
9時56分 紺色のスーツ、青色のネクタイ姿の被告が一礼して入廷。
10時00分 開廷。弁護人による被告人質問のため、被告が証言台に着席。遺体を放置したことや被告の家族に対する思いなどを聞かれた後、最後に被害者に対する気持ちを聞かれ、「やってはいけないことをやってしまった。本当にごめんなさい」と涙声で謝罪した。
10時47分 被害者参加人の大森さんの長男が「あんたの人生を狂わせた本当の根本は何か」とただすと、被告は「自分の主張ができなかったことがこういう結果につながった」と答えた。
10時50分 左端の男性裁判員が犯行後に使った金の使途について質問。その後、検察官が前日に裁判員から出た「2人の遺体があるビルで資金繰りの作業ができたのは、当初から金銭目的だったからか」との質問に触れ、「鋭い質問で、事件の本質を的確に見抜いていた。(金銭が)必要と考えての犯行であったことは明らか」と述べた。
■論告・求刑
11時05分 検察側の論告開始。検察官が証言台に立ち、裁判員に向かって事実関係から説明。「うらみを募らせたことと借金の返済にせっぱ詰まったということは切り離せない関係だ」と述べ、改めて強盗目的を指摘した。
続いて情状に移った。石谷さんの預金を奪うため2人も殺害し、遺体を3カ月も放置したのは、「凶悪重大な事件」「短絡的そのもの」としながらも、私的雑務に使われていた状況などから「同情の余地がある」と述べた。
◇動機に同情余地ある 検察官、強盗目的は指摘
12時00分 死刑選択の判断基準とされる「永山基準」を説明。動機形成に同情の余地があるとして、無期懲役を求刑。その瞬間、右から3番目の裁判員は顔を上げ、検察官をじっと見つめた。
12時05分 大森さんの長男が証言台に立ち、母への思いをハンカチで涙をぬぐいながら話した。被告が犯行直後に自首せず、遺体を放置したため「死に顔すら見ることなく永遠に別れることになりました」と述べた。
また裁判員に対して「人が人を裁いていいのかと議論がある。極刑ならなおさら心を重く苦しくさせることでしょう。責任を果たすことで人間に戻らせるために刑を受けるのです」と述べた。最後に改めて「断じて極刑を望みます。母の無念さを思うと極刑以外はありえません」。この後休廷。
◇弁護人「一般の感覚で温情判決を」
■最終弁論
13時30分 再開。弁護人は最終弁論で「裁判員制度は一般のみなさんの感覚を取り入れるため」と話し、「思いきった温情のある判決をお願いします」と求めた。
14時00分 被告が最後の陳述のため証言台に。「被害者2人の墓参りがしたい」と話し、被害者の無念さや遺族の思いを生涯背負っていくと述べた。
14時09分 閉廷。裁判員と裁判官は評議に。1日と2日にも評議する。
◆起訴内容
米子市の税理士事務所で経理を担当していた影山博司被告(55)は昨年2月、事務所代表の石谷英夫さん(当時82歳)と同居の大森政子さん(同74歳)を首を絞めるなどして殺害し、石谷さんのキャッシュカードを奪って現金約1200万円を引き出したとされる。
==============
◇論告・求刑要旨
被告人、弁護人は、長年の恨みが犯行の原因であり、金目的はなかったと主張している。検察官も、恨みが原因であったことを否定しないが、それだけでなく、借金返済等のために石谷さんの通帳を奪う目的もあったことは間違いないと考える。争点は、恨みか金目的かではない。本当に恨みだけで殺したのか、それとも、恨みもあった上、借金返済などに切羽詰まって金を得る目的も同時にあったのかが、争点なのである。
被告人は09年1月30日から2月2日にかけて、合計76万円をクレジットカード会社等から借り入れ、これらを税理士事務所の支払いに充てた。この時点で被告の借金総額は約840万円にまで膨らみ、借り入れ可能残高は約28万円にまで減少していた。09年2月下旬以降の税理士事務所の支払いについても、自己の借金返済についても資金がまわらない状態に陥り、破たんのピンチに陥った。
(事実)
被告人は09年2月21日の殺害直後、現金7万円を強奪した。また、石谷さんのかばんに血のついた書類等があることから、被告人が、石谷さんを殺害した直後、まだ血のついた手でかばんの中をあさったことも認められる。そして、被告人は、遅くとも2月22日までには、石谷さんの通帳や印鑑を奪った。
(動機)
経理担当として、会社の資金繰りがひっ迫している時には自ら借金をして会社の支払いに充てる一方、会社の資金で自己の借金を返済することを繰り返す中、結局、自己の借金を膨らませていたもので、金銭的困窮を2人もの人間を殺害することにより解決しようとした。大森さんまで殺害したのも預金を奪うため。金銭的に行き詰まった状態を解決するために2人を殺すのは短絡的。実行の約3週間前には凶器のプライヤを事務所に持参するなど計画的な犯行だ。
一方、石谷さんは、自宅の新築資金をためるため月々180万円を会社から持ち出すなどし、会社の資金繰りを大きく圧迫していたこと、従業員らを怒鳴りつけて売り上げの確保、未収金の回収を迫るなどし、従業員らを萎縮(いしゅく)させていたことが認められる。
また、石谷さんが被告人を私的雑用にも使うなどしていた事情もある。被告人が、追いつめられた揚げ句、犯行に及んだ側面があり、一定の同情の余地があることは否定できない。
(執よう性、残虐性)
石谷さんについては、プライヤで頭部を7~8回も殴打し、電気コードで絞殺。現場の壁、床、天井に血痕が飛まつし、血だまりができたほどの凄惨(せいさん)な犯行。大森さんについて、頭部を玄関土間に打ち付け、ネクタイを首に巻き付けて、思い切り引っ張って殺害したもので、残忍。
(遺族の処罰感情)
石谷さの長女と次女は積極的に死刑までは望んでいないが、「今後の一生をかけて罪を償うべきだ」と厳しい処罰感情を述べている。石谷さんの長男は、過去に父親の会社で稼働していたときの自己の置かれた立場と照らして、被告人に同情する気持ちがあるが、決して許していない。
◇最終弁論要旨
検察官と弁護人で意見が異なっている3点、強盗殺人が成立しない▽計画性がない▽利益がない、について、そしてなぜ有期懲役とすべきなのかについて話します。
この事件は十数年にもわたる、影山さんの石谷さん、大森さんとの抑圧された関係がなければ起こりはしませんでした。経済的な負担もありました。しかしそれは人間関係の一部にとどまり、本質的な部分ではなく、直接、事件に結びついてはいません。経済的な負担がなくてもほかの関係からでも事件は起こりえたでしょう。
事件が強盗でない根拠を挙げます。現金、キャッシュカードをとったのは2人が亡くなった直後ではありません。その日の夕方になってからです。通帳と印鑑については翌日です。口座のお金をおろすことが動機、目的であったのであれば、直後にこれらのものをとったはずです。
計画的であったのなら、別の時間、場所で行っていたはずです。遺体を5階や屋上にそのままにしておくことはなかったはずです。
影山さんは利益を得ていません。借金は会社のためです。自らの欲望のために2人をあやめていません。
有期懲役とすべき理由は、石谷さん、大森さんはあたかも影山さんを前近代的な「奉公人」であるようにしていました。責任を負わなくていいはずの会社の資金繰りまでしなければならなかったことを考えると「奉公人」以下といってもいいでしょう。2人をあやめたことの責任は重大です。しかし、影山さんは社会復帰の上、自分自身の生活をすることを許すだけの十分な理由はあります。
検察官は無期懲役を求刑しました。2人の死亡という結果だけをみるのであれば、無期懲役に相当する責任の重さはあると思います。しかし結果だけでなく、これまで破たんした石谷会計事務所が経営を続けてこれたこと、被害者2人が人並み以上の生活をしていたことへの貢献を考えたとき、無期懲役でも重すぎます。
この事件では過去の判決を参考にすべきではありません。過去の判決はいずれも裁判官のみによる判決です。裁判員裁判が始まったのは、判決に一般のみなさんの感覚を取り入れるためです。個々の裁判員のみなさんが、どれだけの刑罰が相当なのか、ご自身の感覚で判断して意見を述べていただくことをお願いします。
影山さんは30歳以後の人生で、石谷さん、大森さんに尽くしてきました。残りの生涯を2人への償いだけで費やさせるのはあまりに酷で理不尽なことだと思います。それでは、影山さんの人生はなんだったのか。影山さんが置かれた状況は、精神的、経済的虐待といっていいと思います。
石谷会計事務所における20数年は懲役とはいわないまでも、相当の苦痛と忍耐を費やすものでした。この長期の時間を考慮すれば法律上許される範囲でできるかぎり軽い処罰でも許されるのではないかと感じてます。
毎日新聞2010年2月27日 地方版