裁判員制度 産経新聞報道検証委員会

2009-12-21 | 裁判員裁判/被害者参加/強制起訴
産経新聞報道検証委員会 裁判員制度 プライバシーの問題、鋭く突く
産経ニュース2009.12.20
 ■「あなたなら」良い橋渡し 残間氏/社会の常識反映させて 土肥氏
 ◆肯定的スタンス
 司会 それでは、報道の在り方にも影響を及ぼした裁判員制度に議論を移したいと思います。
 近藤豊和社会部長 裁判員制度は日本の刑事司法の大転換点となりましたが、案ずるより産むがやすしの言葉通り、おおむね順調に推移しているように思います。産経では国民的視座を大切に、専門的な見方に偏りがちな事柄に市民的な感覚を取り入れるという裁判員制度を前向きにとらえました。それが民主主義の精神をさらに熟成させることになるという大きな観点から、肯定的なスタンスで報じてまいりました。
 土肥委員 裁判員裁判が実際に始まるまで相当の準備期間を置き、議論もかなり出ていました。ならし運転のようなものを行った後に始まって、法曹関係も含め、大多数の人が順調な滑り出しと評価を与えています。個々に問題点も出ているのですが、的確な判断がなされたと思います。そもそも裁判員裁判が行われるようになったのは、裁判に国民がもっと理解を持ってもらいたいということからでした。
 近藤部長 主役は国民一人一人。「あなたが主役だ」ということで5月の施行から、あなたはどう判断しますか、あなたは痛ましい法の証拠も目前にすることができますかと、訴えてきました。細目についても連続的に紙面で解説し、8月には東京の下町であった殺人事件が第1号事件として裁判が始まり、第1号事件が裁判員制度の行く末を決定づけると考え詳細に報道しました。
 残間委員 法務省の裁判員制度見直し委員会のメンバーにもなっていますが、おおむね良いという判断になっています。それが政権が変わったことでどうなるかは気になるところです。産経は、「あなたは裁判員になったらどうする?」と、あくまでも「あなたは」という視点に立ったところがとても分かりやすかったです。メディアが良い橋渡し役になっていると思います。
 近藤部長 冒頭陳述のやり方、立証の仕方など大きく変わった点、そして裁判員が事件をどうとらえ、裁判員を経験することでどう変わったかを詳細に伝えるべく、ドキュメント形式で詳報しました。ネット版のMSN産経ニュースでは、記者を10人ほど配置してピストン式に一問一答で送り出し、法廷ライブをとりわけ詳しく報じました。
 田久保委員 産経は制度を分かりやすく書き、総じて良かったです。判断基準など豆解説が毎日のように出ていました。米国の陪審員は量刑までは決めませんが、日本はそこに踏み込んでいます。これは日本が進んでいると言えるのでしょうか。
 土肥委員 裁判が社会の常識を反映させたものでなければならないという意見からも、裁判員制度は導入されました。そんなテーマが出てきたのは、量刑が国民の意識から乖離(かいり)しているからです。裁判の量刑は軽すぎるという意見です。特に遺族の意見がだんだん重きをなしてきました。そして、オウム事件などに代表されますが、あまりにも公判期間が長いということも問題になりました。これでは犯罪が行われ、社会的に批判されているのに、判決が出たときにはどういう事件だったか分からなくなります。やはりそれでは国民の意識が遠のき、裁判の意味が失われ、信頼が失われてしまいます。
 近藤部長 裁判員制度では、検察も弁護側も感情に訴える劇場型裁判となる傾向がうかがえます。検察は国家予算で動いていますので、大きなプロジェクターを使ったり、カラフルな資料を出したりと、弁護側とでは「国と零細企業ほどの差がある」と鋭い指摘も裁判員からありました。求刑の8割ほどで量刑が決まるといわれる、これまでの予定調和的な判断にも影響が出ています。
 土肥委員 国民の健全な判断、意識を裁判に反映する。そうすると、量刑の問題に大きく影響します。産経も量刑について重きを置いて報道しています。今のところ、本当に凶悪で死刑にすべきかどうかという事件は扱っていません。本当に死刑にすべきかどうかは非常に難しい問題。本当のところは、どなたも分かっていらっしゃらないようにも思います。
 ◆難しい守秘義務
 葛西委員 裁判員の守秘義務は裁判員のプライバシーの保護と裏腹です。裁判員に会見を求めたり、報道が行き過ぎれば、客観的な量刑にぶれが生じたり、裁判員に対する圧力が生じたりする恐れがあるのではないでしょうか。このような点を十分、注意すべきだと思います。
 土肥委員 強姦(ごうかん)事件の場合などはプライバシーが非常に関係します。青森の強姦殺人事件の立証の問題など、どこまで明示するかという問題を産経は鋭く突いていました。裁判員裁判になると、特に傍聴人に聞かせるのはまずいなという内容も開示されるようになりました。これまでは検事と弁護人の間で事前に協議して犯行状況を赤裸々に書いた調書を法廷で朗読することを避けました。そういう点を産経はちゃんと指摘していました。これは法廷手法とプライバシーの間にある問題です。強姦事件など裁判員裁判から外したほうがいいという意見も出てくるでしょう。
 裁判員の記者会見がいろんなところで行われていますが、新聞も重きを置いて報道しています。しかし、せっかく会見に出てきても感想を話すのはOKなのに、こういうところで悩んで判決を出したというのは守秘義務違反といわれます。世界ではもう少し緩和されていると産経にも出ていましたが、その通り緩和すべきだと思います。しかし、どこまで緩和すべきかは難しい。「事件・裁判報道ガイドライン」を決めて報道していますが、英国などでは公益にかなえば報道するそうですが、それがいいか悪いかは私からは申し上げられません。
 田久保委員 地球主義とかポピュリズムに関係したことですが、裁判員に評決権を与えるのは憲法違反ではないかという意見もあります。最高裁は途中まで違憲だとしていました。また、被告人は公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利があります。こう憲法に記されているにもかかわらず、裁判員を被告は拒否できません。裁判員になれるのは25歳から70歳まで。人生に味が出てくるのは私のような70歳を超えてからです。そんな人間の判断が必要だとも思います(笑)。そこにもポピュリズムの弊害の懸念があります。
 土肥委員 憲法違反説については、具体的裁判で主張し、裁判所の判断を仰げばいいと考えます。国際的に見ても先進国は国民が裁判に関与する制度を採用しているし、これからの日本は専門家のみが判断するという聖域をあまり持たないほうがいいと思います。始まったからには健全な方向に進んでいってもらいたいです。
 田久保委員 報道機関はガイドラインを設け、自主規制的に報道していますが、報道の自由との問題もないかと懸念しています。
 片山委員 守秘義務と知る権利などメディアとの問題は難しいものです。状況に応じて、その都度、立ち止まって冷静に判断していきたいと考えています。情報源を明示して報道するのは今のメディアの流れ。どこまでしゃべったことを出していくのか、信頼をどう維持していくかは大きな問題となっています。いかに凶悪な犯罪かを報じ、本質的な問題を提示していくか、私たちのスタンスを明示していきたいです。
 飯塚浩彦委員 20年ほど前から犯人視しない報道というものを掲げ、自分で自分の手を縛らないように書き方の工夫をしながら腰を引かずに書いてきました。微妙な事件では、実名報道か匿名か迷い、対応が分かれるケースがあるのも事実です。しかし、それは報道各社がそれぞれ主体性を持ち、責任を持って判断していることだと思います。
 残間委員 裁判長、検事、弁護士など関係者の技が試されるときにきているとも思います。最近の裁判長の判決を言い渡した後の感想を見ると、どこか法曹界も調子に乗っているところも感じられます。
 土肥委員 確かに調子に乗っています(笑)。検事がジェスチャーを交えたり、強弱をつけて話したりしますし、女性アナウンサーを講師に教わってもいます。それもいいことかもしれません。厳粛な法廷。それは無味乾燥ともいえます。裁判官に温かく声をかけられ、それが更生のきっかけなった人もいるくらいです。
 残間委員 法廷でカメラの向こう側を意識した行動もあるようです。カメラが入ることでこれまでの証言を翻すこともあり、それも含めて人を裁くのだと考えることもできますが、いろいろな問題が含まれてくると思います。
 土肥委員 裁判はよほど広い視野をもった人間がすべきです。検事もそうあるべきです。司法は裁判の場面で事件、事象だけを直視するものではなく、犯罪を招いた社会の背景にも目を向けねばなりません。被告人、被害者の生活と犯罪とのかかわり、犯罪発生の社会的要因、社会的非難の軽重など、それらを十分に見極めるだけの人間性が求められます。そして、長期実刑に服す被告人が、刑期を終え、社会復帰するのにどのような問題があるのか。そのために国や周囲がどれだけ手を尽くしているか。保護観察付き執行猶予が最近、多いが、保護司の苦労がどれほどのものか。そんなことも理解したうえで裁判員が裁判に当たってくれれば、刑の重みも本当に分かってくると思います。
                   ◇
【プロフィル】
田久保忠衛 たくぼ・ただえ
 外交評論家、杏林大学大学院客員教授。昭和8年生まれ。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長などを歴任。59年に杏林大学教授、平成15年から現職。専門は国際政治。著書に「アメリカの戦争」など。
葛西敬之 かさい・よしゆき
 JR東海代表取締役会長、国家公安委員。昭和15年生まれ。東京大学法学部卒。旧国鉄の分割民営化に尽力し、62年にJR東海取締役、平成7年に代表取締役社長、16年から現職。著書に「国鉄改革の真実」など。
残間里江子 ざんま・りえこ
 プロデューサー。昭和25年生まれ。アナウンサーや雑誌記者を経て企画制作会社を設立。平成21年には、会員制ネットワーク「クラブ・ウィルビー」を立ち上げた。著書に「引退モードの再生学」など。
土肥孝治 どひ・たかはる
 弁護士。昭和8年生まれ。京都大学法学部卒。33年に検事となり、大阪高検検事長、東京高検検事長、検事総長を歴任。平成10年に退官し、弁護士に。大阪正論懇話会代表幹事。著書に「千虚、一実に如かず」など。
片山雅文 かたやま・まさふみ
 産経新聞東京編集局長。昭和34年生まれ。ロサンゼルス支局長、文化部長などを経て平成21年から現職。 
飯塚浩彦 いいづか・ひろひこ
 産経新聞大阪編集局長。昭和32年生まれ。秘書室長、社会部長などを経て平成21年から現職。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。