産経ニュース2009.6.3 :土浦8人殺傷事件
土浦8人殺傷事件公判 金川真大被告の父親に対する証人尋問 1 の続き
弁護人「あなたは理性的に100%の答えを出そうとしているように感じます。本音として、親としてこの子を、『正常に生きていける』と叫びたいと思いませんか」
父「間違った犯罪を犯したと本人に語り、罪の重大さから死刑になり、それは例えば死刑廃止なども言われてますが…」
弁護人「そういうことではなく、本音は何ですかとしか聞いてないです」
《父親は前を向き、わずかに首を右に傾げたまま言葉を継ぐことができない。それを見た弁護人は「終わります」と質問を終了し、着席した。その直後、父親がしゃべり始めた》
父「私は死刑を、死刑になって然るべき、死刑にすべきと思います」
検察官「(金川被告が)アルバイトやゲームばかりしていて心配ではありませんでしたか」
父「少しは心配していましたが、本人を信じておりましたので。寄り道をしていると考え、自分の道を自分で打開できると信じていました」
検察官「一緒に生活していて、異常な言動だとかを目撃したことはありませんでしたか」
父「特にありません」
検察官「精神科の病院に連れて行かなければならないと思ったことは」
父「全然ありません」
検察官「進学しないで、ゲームばかりしていることは心配ではなかったですか」
父「少しは心配でしたから、少しは話したことはあります」
検察官「例えば、どんなことを話しかけましたか」
父「高3あたりだったと思いますが、1時間くらい、彼の部屋で横になって人生論的な話をしました。人生街道を歩んでいく考え方、気構えとか、そういうことを伝えたことはあります」
検察官「強く指導しなくても、自分の力で道を切り開いていくと思っていなかったですか」
父「そう思っていました」
検察官「今回の事件を踏まえ、(金川被告以外の)3人の子供が家族をどう思っていたと、あなたは認識していますか」
父「子供は4人おりまして、本人を含め4人とも良い子で育ってきておりまして、親の欲目かもしれませんが、優秀な子と思っておりました。ゆえに自分たちの力で歩んでいくだろうと。放任主義、あまりうるさいことを言わない、干渉しない、ほっておけば大丈夫だろうと思っていました」
検察官「いや、家族がどう思っていたと思いますか」
父「えー…普通の家庭と思っているだろうと思っていました」
検察官「子供達は取り調べの中で、家族がバラバラで、関係が希薄であると口をそろえていますが」
父「そういう認識はありませんでした」
検察官「それは放任のせいだと」
父「うーん、そうかもしれません」
検察官「(面会に)なぜ6、7回程度しか行っていないのですか」
父「月曜から金曜というのは仕事があります。仕事があるので行きがたいということです」
検察官「仕事を休んで面会に行こうとは思いませんでしたか」
父「それはありますが、面会はわずかな時間で短いということもあり、言いたいことがなかなか言えないので、手紙の方が良かろうと思い、仕事で時間が取れないこともあって、結果としてあまり行かないということになります」
検察官「どのような物を差し入れていましたか。禅の本だけですか」
父「私からは本を考えていました。本人の要求に応えて差し入れました。副食物としてお菓子を少々差し入れていました」
検察官「本人が差し入れを要求していた本は、どのようなものですか」
「漫画が一つありました。いろいろありましたが、順不同で思い出す順で申し上げると、トヨタの車が紹介されている本がありましたし、駅によく置いてあるマンションとかいう住宅の紹介の本。それから、えー、本人が思想を影響されたという、改めて読み返したいという本を希望されたので差し入れましたし、中国の思想の本もあります」
検察官「奥さんが(攻略本を)差し入れたことはありませんか」
父「家内が勝手に差し入れることはありません。家内は、(金川被告が)過去に聞いていた音楽の歌詞をね、えーと、コピーをして差し入れたと(言っていました)」
検察官「記録によると、ゲームの攻略本も差し入れているようなんですが?」
父「あまり回数は多くないですが…。(金川被告が)『攻略本を持ってきてくれ』と。(そのように頼まれたのは)数回のことではなかったかと思います」
検察官「遺族のところへ行ったのは、5月に入ってからですか?」
父「はい。そうです」
検察官「なぜ、こんなに(時期が)遅くなったのですか?」
父「本来はできるだけ早く行くべきでしたが、(事件から)2カ月ぐらいは自分自身が錯乱状態で、動くことができませんでした。その後、できるだけ早く(遺族の元へ行かなければならない)と思ったのですが、自分の精神状態が行けるほどではなく、時間がかかってしまいました」
検察官「今後は被害者や遺族に、どのような対応をしようと考えていますか?」
父「何らかのことはしたいと思っています」
検察官「金銭的な慰謝を考えているとして、あなたにその資力はありますか?」
父「十分にできるという力はありませんが、自分の持てる力の中で努力したいと思います」
検察官「さきほど、禅の本を差し入れたと言っていましたが、それは何のためですか?」
父「できれば本人に、正しい普通の考え、一般的に普通の正しい考えに戻ってもらいたいと考え、そのきっかけになれば、助けになればと思ったためです」
検察官「正しい考えに戻す自信はありますか?」
父「時間をかければ戻るはずだと信じています」
検察官「あなたは先ほど、『被告人は死刑』とも話していましたが?」
父「それとこれとは別でして。本人の犯した罪は重大なものであり、その責任はとるべきというのが私の考えです」
《父親は「正気と言っていいのか分かりませんが…」と断った上で続けた》
父「まずは正気に戻り、罪を認めて謝罪し、責任をとってほしい」
《さらに、「江戸時代のことを考えれば…」と続けたが、声が小さく、よく聞き取れない。しかし、最後にもう一度、きっぱりとした口調で「重大な罪を犯したのだから、自分の責任はとるべきだと思います」と意見を述べた》
弁護人「あなたは、放任と無関心の違いは何だと思いますか?」
父「私の申し上げた放任というのは、無関心ということではありません。親があまりうるさく言い過ぎると、かえって子供の成長によろしくない。のびのびと育てたい、という意味であまり干渉しないのです」
弁護人「お父さんの考え方で言うと、親が子供をしかったり注意したりするのは、どのような場面なのですか?」
父「難しい質問ですが…。家庭でのしつけというのがありますが、必要最小限のことは子供に教えたい。普通の人が普通にやっていることはできなければいけません。そのためには、必要最小限のことはするべきだと考えていました」
弁護人「しかし、最小限のことと言いますが、(金川被告は)不登校とか仕事をしない揚げ句、人を殺しているんですよ? どこにお父さんが登場するんですか」
父「幼少期は問題がありませんでした。私の登場すべき時期は、思春期だったと思います。その時期に十分な指導がなされなかったと、思うに至った次第であります」
弁護人「十分な指導ができなかった理由は? あなたが自由放任すぎたということですか」
父「思春期には必要最小限の指導があって当然と考えますが、後で気づいたことではありますが、それが十分にできなかったということです」
弁護人「今からでも遅くないと思いますが? 妹さんに、なぜ家で口をきかないのか、その理由を聞いてみるとか。お兄ちゃんがこうなってしまったんです。何が起こるか分からない、ということはあなたも感じたはずです。何で今も放置しているんですか」
《家の中で筆談で会話しているとされる金川被告の母と妹。弁護人はこうした異常とも言える状況を放置している父親の教育姿勢に疑問を呈した》
父「放置しているわけではありません。(親が子供を指導する)タイミングというのがあり…。時間をかけて、これから対応していきたいと思います」
弁護人「被告は場合によれば、死刑判決も十分にあり得る事案です。(死刑が執行されて金川被告が)死ぬ前までにタイミングがなければ、お父さんは(執行を)見送られるだけですか」
父「えー…。そのときまでに(指導が)できないことも考えられますが…。その時はしようがないです」
裁判官「あなたは面会に6~7回行ったそうですが、奥さんはどのくらい行っているんですか」
父「週一回くらい訪問していると思います」
裁判官「面会ではどういう話をするんですか」
父「本人の状況を聞いて私の意見を述べました。事件については、なんだかんだうるさくいっても即受け入れられる状況にはないのでは、と考えていました」
裁判官「それはなぜ?」
父「彼が犯したときの状態とその後の行動によって、彼は正常な状態ではないと推測できますので、普通のことを普通に言っても無理だと考えましたので」
父「会って話すにしても時間をかけてと、私としては息子に正気に戻ってもらいたいと思っていますので。それで、当たり障りのないことから入っております」
裁判官「6~7回では、まだ当たり障りのない話の段階ということですか」
父「当たり障りのない段階です。手紙では本人が感じられるような話も述べています」
裁判官「手紙ではどのようなことが書いてありますか」
父「差し入れたいものや差し入れられたいものがありますので、それぞれはがきで来ております」
裁判官「自分の考えは書いてありますか」
父「あるときもありました」
裁判官「簡単に言うと?」
父「えー…記憶を呼び戻して説明するのが難しいのですが…たとえば…はがきにびっしり書いてあったのですが…」
《左こめかみの辺りをかきながら、言葉が出てこない様子の父親。空中ではがきを示すように手を動かすが、言葉が出てこない。被害者席には顔をしかめる傍聴人も》
裁判官「あまり覚えてないですか」
父「3つくらいありますが、説明するのが難しいのです。要するに考え方にかかわることなのです」
裁判官「事件前後で変わった様子は?」
父「厳しいことには触れないことにしていたので、表情などは異常はなかったです。親子の情がありますので、私は息子の無事であることが確認できたということでよかったという思いもありますし、本人も父に会えたということは感じたであろうと感じることもありました」
裁判官「『思春期に父親が出ていくべきだった』との答えがありましたが、それは出る機会を逸したという思いですか」
父「その通りだと思います」
裁判官「取り戻せるとは思っていますか」
父「今後のことがあるので、やるべきことはやらねばと思っています」
《裁判官は、金川被告の「死ぬつもりなら何をしてもいい」などの身勝手な「哲学」形成に影響を与えたとされる哲学書について触れた。「背表紙に良書と書いてあった。中学から高校に進む過程でそういう分野にも興味を持つのではと考えた」と静かに語る父親。どこにでもある父親像がかいま見えるが、「いつ買ってあげたのかは覚えていない。発行年月日によると中学時代だったのではと思う」と説明した》
裁判官「高校を卒業して進学しなかったことについてはどう思いましたか。気持ちを伝えたことはありましたか」
父「当然進学してほしいと思っていました。伝えたことはありましたが、特にどうこうということはありません」
裁判官「一度激しく怒ったときがあったということですが、どういう反応を示したんですか」
父「強い反応はとくに示しませんでした。怒られる一方でした」
裁判官「被告が暴力的になった記憶は?」
父「ほとんどありません」
裁判官「話してみてだめなら、タイミングを待ってみるという考えはないのですか」
父「それは考えます。事件のことを話したことは今のところありません」
《質問者が向かって左側の男性裁判官に代わる》
裁判官「事件前1年間で、被告と顔を合わせたのは何回くらい?」
父「一緒に住んでおりますから。何回というのはちょっと」
裁判官「その間、様子について気になることは?」
父「全くありませんでした」
裁判官「カレンダーの処理のときは怒られる一方だったということですが、その後同様の問題は?」
父「なかったと思います」
裁判官「あなた自身の感情ではなく、頭で考えたことを話しているように見えるんですが、家族に対してもそうなんですか」
父「そうなのかもしれません」
鈴島裁判長「高校時代の真大君について、『大変だったなあ』とか思いだすことはありますか」
父「本人がそんな話をしたかということですか」
裁判長「あなた自身が思いだすこと、という意味です」
父「本人が弓道に打ち込んでいたわけですが、当たり前なのかもしれませんが初段をとったと。その道のりで順調に進んでいるな、とちょっとうれしい気持ちはしました」
裁判長「高校3年になって進学したくないということになりましたが、なぜだと思いますか」
父「いまだに…すみません、実は分かりません。その時期は誰でも壁にぶち当たるだろうとは思いますが、弓道のクラブ活動が3年になると退部するということだそうで。それが自分が生きている目標であったのではないかと。それがなくなったことによって、というのが一つあって。やる気をそいだとともに、学業が難しくなったということがあるのかもしれません」
裁判長「本人になぜ進学したくないのか、卒業後、どうするつもりなのか聞きましたか?」
父「あるとき1時間ほど話をしました。学校に行きたくないなら、進学しなくてもいい。したくないのに、しろというつもりはないし、押しつけるつもりはありません。結論をどうするかは本人次第ですから」
裁判長「どう解決したのですか?」
父「本人には『なるほどな』と思えるように話をしました。親と子ですから、『こういう考えがある』と、本人が受け入れやすいように、そのときの本人の状態を斟酌(しんしゃく)して、四方山話的に話をしました」
裁判長「沖縄へ修学旅行へ行ったときの感想文を読んだことはありますか?」
父「そのときは読んだことはありませんが、検察に提出するときに読みました」
裁判長「事件後に、検察に提出するときになって読んだんですね」
裁判長「(感想文は)とてもじゃないけど、ここでは読めない内容ですよね。人間を中傷するような内容ですが、これを読んでどう思いましたか?」
父「あのー、こういう内容なんだと驚きました…」
裁判長「奥さんは読んだのですか?」
父「分かりません」
裁判長「どうして書いたか分かりますか?」
父「分かりません」
裁判長「人をバカにしているというか、小バカにしているというか、そういうところがあったか、思い当たる節はありますか?」
父「分かりません」
裁判長「感情が外に出やすかったということはありませんか?」
父「感情が外に出るということはあまりなかったと思います。本人はどちらかというと、忍耐強い性格だと思っていました」
裁判長「ゲームにうまくいかなかったら、ゲームを壊したりすることがあったという話でしたが、キレやすいということはありませんでしたか」
父「そのときにはキレやすいと感じたことはなかったし、おとなしい性格の子供だと」
裁判長「事件が起きるまでそう思っていたということでいいですかね」
父「はい、そうです」
裁判長「手紙のやりとりをしているということですが、言っておきたいことはありますか?」
父「誰にですか?」
裁判長「金川被告にです」
父「被告人に言っておきたいことは…」
《法廷の場で裁判長に促されたとはいえ、父親はこのとき、自らの息子のことを「被告人」と呼んだ。すぐ横の被告席には、当の金川被告が座っているが、そちらのほうを向きもせず、裁判長の方を向いたまま、ゆっくりと語り始めた》
父「自分が犯したことは重大なことで、許されることではないということを認識してほしい。気が付いた暁には、謝罪した上で、男らしく責任をとれ、と言いたいです」
裁判長「ご遺族に対してはありませんか」
父「大変、申し訳ないことをしてしまいました。お詫(わ)びしても、お詫びしても、お詫びしきれないが、お詫びしたい」
《裁判長が休廷を言い渡す。午後は1時30分から法廷が再開する》
=========================================
◆土浦8人殺傷事件 被告人質問1 (第3回公判)
◆土浦8人殺傷事件 被告人質問2 (第3回公判)
◆土浦8人殺傷事件 被告人質問3 (第3回公判)
◆土浦8人殺傷事件公判 金川被告の父親に対する証人尋問 1
◆土浦8人殺傷事件公判 金川被告の父親に対する証人尋問 2
-------------------------
◆ 土浦8人殺傷事件 金川真大被告の判決公判 死刑言い渡し 2009-12-18
◆ 土浦9人殺傷事件判決文要旨 金川被告「完全勝利といったところ・・・」 2009-12-19
=========================================
◆ 谷垣法相の命令により 死刑執行 小林薫(奈良女児誘拐殺害)・金川真大(荒川沖駅)・加納恵喜の3死刑囚 2013-02-21
---------------------------------------------
高校の倅は、とーちゃんに張り倒されるのを待っていたというのに!
どんな、惨状になっても!
どんなにみっともなくても、社会的に反していても「息子だけは死刑にしないで」って言えよ。
泣けてくるわ。