中日新聞23日夕刊
病気腎移植を原則禁止へ 厚労省が指針見直し
2007年4月23日 20時32分
宇和島徳洲会病院の万波誠医師らによる病気腎移植をめぐり、厚生労働省の臓器移植委員会(委員長・永井良三東京大教授)は23日、臓器移植法の運用指針を改訂して生体移植に関する規定を新たに設け、病気腎移植の原則禁止を盛り込むことで大筋合意した。
改訂案は病気腎移植を「治療上の必要から摘出した腎臓を移植に用いる」行為と規定。3月に日本移植学会などが発表した声明を受け「現時点では医学的妥当性がないとされている」とした上で、原則として実施を認めないこととした。表現の細部を詰めた上で、近く国民の意見を聴く。
生体移植については、医療機関などに(1)提供が任意で行われることの確認(2)提供者に手術内容を文書で説明し同意を得る(3)提供者が親族の場合は戸籍抄本や住民票などで確認(4)親族以外の第3者が提供する場合は倫理委員会の承認を受ける-などを求めた。(共同)
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SOS臓器移植:病気腎移植 容認の米学会元会長ら アメリカもドナー不足深刻
病気腎移植は認めない-。その一項が臓器移植法の運用指針に盛り込まれる公算が大きくなった。日本移植学会など関連4学会が、「医学的に妥当性がない」と共同声明を発表したことを受けての措置だ。しかし、年間1万7000件もの腎移植手術が行われる米国医学界には、万波誠医師らが実施した手術に大きな可能性の芽を見いだしている研究者もいる。来日した米国移植外科学会元会長のリチャード・ハワード教授らに意見を聞いた。 (片山夏子)
◆“万波式”に「教わった」
ハワード氏はフロリダ大学の教授で移植外科などが専門。病気腎移植については、日本で議論が始まった早い段階から「臓器提供者(ドナー)と移植希望者(レシピエント)がリスクと利益を完全に理解しているならば容認できると思う」と肯定の立場を明らかにしてきた。
氏自身は生体からの病気腎移植をした経験はないという。その上で、「考えもみない方法を教えられた。小さながんがある腎臓でも適切に切除することで移植できることや、特にネフローゼは免疫系に問題がある場合、免疫系が違う患者に移植することで正常に稼働するすることを示すなど新しい治験を示した」と評価する。
背景には、1年間に日本の17倍もの腎移植が行われる米国でもドナー不足が深刻だという事情がある。
「ドナーの数を上回るペースで移植希望者が増えている」とハワード氏。1990年には移植待ちの患者は2万人だったが、現在は約9万5千人。うち7万人を腎臓希望者が占める。それに対し、昨年の腎移植数は死体から1万件、生体から7千件。「待っている患者の命を少しでも救うために、米国では今、ありとあらゆる臓器を利用することを考えている」
現在、米国で特に利用拡大の可能性を模索しているのは、死体(脳死、心臓死とも)からの臓器。本来、望ましいのは18-25歳の若い健康な臓器だが、現実には、このような完全な臓器は15%にすぎないという。
「もし完全な臓器だけを使うのなら米国の移植数はぐっと減るでしょう」とハワード氏。
さらに「移植して機能する臓器ならば、疾患があるものでも使う。高齢者の臓器、疾患があるものなど、どこまで逸脱していいかを模索し、使える臓器を拡大している」と説明する。
具体的には、60歳以上の高齢者、がんや高血圧の既往症のある人の臓器、脳腫瘍(しゅよう)や糖尿病だった人、軽度のB型やC型肝炎など感染症のある臓器も使われる。医師によっては肝硬変や肝炎の肝臓も移植に使っているという。
「数年前には使えなかった臓器を、今は使っているのが現状」
このような現状を踏まえ、ハワード氏は病気腎移植の可能性に大きな関心を寄せる。「米国は今は死体からの臓器移植の適用範囲を広げているが、将来的には、病気腎移植など生体からの移植の適用範囲も広げることが必要となる可能性がある」
◆「捨てる中からも探す」
米国がドナー不足をどれほど深刻に考えているかは、政府が予算を出して臓器獲得をあらゆる方法で支援していることでわかる。
ハワード氏によると、連邦政府の下で全米で58の臓器獲得機関が稼働している。臓器獲得の専門職員が移植コーディネーターを配属したり、病院に臓器提供を呼び掛け、ドナーの家族の支援も行う。
また、約3ヶ月に1度、病院の死亡診断書をチェック。ドナー提供者になり得た人で見逃してしまった人はいないか、使える臓器を捨てていないかもみる。「州によっては臓器提供は本人の意思が主で家族は拒否できない。ドナーカードを携帯していなくても、救急病院でチェックできる体制もできている」という。
米国臓器配分ネットワーク(UNOS)会長でバージニア大学保健科学センターのティモシー・プルート医師は「病院で、使えるのに廃棄されている臓器を減らすのが課題」と話す。さらに、今は廃棄されている臓器を減らすのが課題」と話す。さらに、今は廃棄されている臓器の中で、使えるものはないか、可能性を探す努力もしているという。
腎不全の治療には、人工透析もあるが、これほど移植に力を入れるのは、なぜか。生体肝移植やドミノ肝移植などに携わってきたフロリダ大移植外科・藤田士朗助教授は、その根拠に生存率の差を挙げる。
「以前は移植のメリットは、QOL(生活の質)が上がること、医療費が安いこと、などといわれた。たしかに、移植を受けた人の8-9割が社会復帰をしている。しかし、最も大切なのは、10年生存率が透析患者だと約4割だが、移植をすると約8割まで上がるということ。米国では、今では移植は長生きするための手段といわれる」
また、藤田氏は「腎臓移植の待機年数は日本で平均16年。米国でも3-6年以上。このため米国ではドナー確保のため、ドナーとなった人に一定の報酬を払うことまで議論されるようになった」と話す。
その上で、「新しい治験が次々出る中で検証は必要だが、病気腎移植の可能性について前向きに考えるべきだ。世界でドナー拡大が議論される中で日本は逆行している」と指摘する。
米国の移植界がいかに「万波移植」に興味を持ったか。それは5月に開催される米国移植外科学会会議で、万波氏の発表が受理されたことでも明らかだった。しかし日本移植学会が「調査委員会が調査中で、発表は適切ではない」とした手紙を米国の学会に送った直後、発表は取りやめとなった。
このことについて、前出のハワード氏は「詳しい事情はわからないが、他国で起きている論争に巻き込まれるのを避けたのではないか。しかし一度受理したものは取り下げるべきではなかった。議論するためにも発表の機会はあった方がよかった」と話す。
さらに「(万波氏らが指摘された)手続きの問題と医学的な可能性は次元の違う問題」とする。
◆「学会声明 医療の発展妨げる」
ハワード氏は「米国の学会は声明を出して医療にルールを作ったり、規制したりしない」とも話した。
「どんな治療をするかは医師に任される。新しい方法なら、患者に予想しきれないリスクも含めて説明し、患者の了承を得て行う。そのデータが積み重なり、いい結果が出る方法なら注目され、治療として一般化される。学会が禁止すると医療の発展を妨げることになる。米国では、学会が患者のためにドナーを増やす努力をしなければ厳しい目でみられる」とする。
さらに「まずやってみないことには医学の進歩はない。どんな医療も初めは少数派だった。誰かがやってみなければ、今の移植医療もなかったでしょうね」と話した。
「万波医師「いい方法と思っている」
ハワード教授らは、万波医師らを支援する患者らがつくる「移植への理解を求める会」が主催した「国際腎不全シンポジウム」(17日・大阪、18日・東京)で講演するために来日した。
シンポジウムには2日間で合わせて約2000人が参加。万波医師と弟の廉介医師も姿を見せ、18日の講演に先立つ記者会見で、万波医師は「最初は、私が悪いことをしたのかとも思ったが、すべてが明らかになるにつれて、(病気腎移植は)いい方法だったと思うようになった。もっと認めてもらったら、患者は助かるはず。調査委は、私の説明をよく聞いてくれなかった。ドナーへの人権侵害はなかったと確信している。(臓器摘出は)これしかないという選択だった」と話した。」