岩田明子 「光の人」だった安倍元首相 死去9カ月でも埋まらぬ「穴」 習近平国家主席にも冗談を言わせた人柄
4/8(土) 17:00配信
「不屈の政治家 安倍晋三写真展」には多くの人々が訪れた=東京都港区の東京タワー
【岩田明子 さくらリポート】
東京・永田町の衆院第1議員会館。その12階の1212号室に、安倍晋三元首相の事務所があった。近くを通ると、必ず顔を上げて12階に目をやってしまう。事務所だけでなく、安倍氏が頻繁に利用していた飲食店や、永田町のホテルなどを訪れるたびに、同じ行動を取る。
「やあ、どうも!」
手を挙げて、何食わぬ顔で現れるのではないかと期待してしまうからだ。
しかし、そこに安倍氏の姿はない。不慮の死から間もなく9カ月になろうとしているが、安倍氏の不在による「穴」は埋まらないどころか、さらに大きくなっている。
安倍氏を20年以上取材してきた私だけでなく、立場の異なる人々も、さまざまな場面で同じような喪失感を覚えているのではないだろうか。
安倍氏に対する計36時間のインタビューをまとめた『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)が、ベストセラーとなっている。安倍氏の軌跡をたどる月刊「正論」主催の「不屈の政治家 安倍晋三写真展~産経新聞カメラマンがとらえた勇姿~」は、東京や大阪、地元・下関の会場に多くの人々が訪れた。現在は海を越えた台湾で開かれている。
それだけ多くの人が、今は亡き安倍氏の声や姿を追い求めているのかもしれない。
野田佳彦元首相は昨年10月、衆院本会議で行われた追悼演説で、安倍氏を「強烈な光」と表現した。その言葉通り、人間としての安倍氏はまさに「光の人」であった。
とにかく、人を笑わせることが好きだった。会合では冗談を言うのが常で、外交の場でもウイットに富む発言で各国の首脳を笑顔にした。
ドナルド・トランプ米大統領との会談では、シビアな在日米軍駐留経費や貿易交渉についても冗談を織り交ぜながら交渉をしたり、北京で開催された日中首脳会談後の晩餐(ばんさん)会では、習近平国家主席にも冗談を言わせ、中国側の同席者を驚かせた。
他方、永田町で常とされる「嫉妬の海」からくる感情とは無縁で、稀有(けう)な存在だった。政界に限らず、スポーツ、文化、芸能とジャンルを問わず、誰がブレークしても「これでスターになったね」とよく喜んでいた。
「晴れ男」だったことも、「光の人」だった安倍氏を象徴している。
2013年にモンゴルを訪問した際、同国政府の計らいで、郊外に星を見に行くことになった。雨が降りがちな地域で予報も雨だったが、安倍氏が現地に到着した瞬間、雲が切れて夜空に満天の星が広がった。梅雨のシーズンに開催された伊勢志摩サミットや、ほかの外遊でも同様のシーンがよく見られた。
これだけ「ツキのいい」安倍氏がなぜ、あのような亡くなり方をしたのか。
昨年7月8日、事件の一報に接した際も、私は、「驚くべき事件に遭遇したけど、大丈夫だったよ」と安倍氏から電話があるだろうと信じていた。安倍氏の命があっという間に奪われたことは、いまだに心の整理がつかず、事実を受け入れることができずにいる。
「安倍晋三」という政治家は日本史上、類いまれな戦略家で、外交、安全保障、通商分野において歴史を刻んだ首相だった。そして、それ以上に、短命に終わった第一次政権後の「雌伏の5年」で味わった苦労があったからこそ、政治家として磨かれたことも忘れてはならない。
世界情勢は今後、さらに不透明さを増していくだろう。
安倍氏はよく、「北朝鮮の拉致問題や非核化は、ICBM(大陸間弾道ミサイル)が米本土に届くまでに片付けないと厳しい」と口にしていた。中国による「台湾有事」の可能性にも早くから警鐘を鳴らし続け、その危惧通りに危機が増している。
そして、安倍氏は、中国を国際ルールに取り込む努力も続けていた。
政策を含めた安倍氏の業績を冷静に検証し、良い点は引き継ぎ、足らざる点は改めていく必要がある。そのうえで派閥や世代を超え、日本が一丸となって危機に対応していくことが、安倍氏亡き後のわれわれに残された役割ではないか。
■岩田明子(いわた・あきこ)
ジャーナリスト、千葉大学客員教授、中京大学客員教授。千葉県出身。東大法学部を卒業後、1996年にNHKに入局。岡山放送局で事件担当。2000年から報道局政治部記者を経て解説主幹。永田町や霞が関、国際会議、首脳会談を20年以上取材。昨年7月にNHKを早期退職し、テレビやラジオでニュース解説などを担当する。外交、安倍晋三元首相に関する月刊誌などへの寄稿も多数。
◎上記事は[Yahoo!JAPAN ニュース]からの転載・引用です
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〈来栖の独白 2023.04.08 Sat〉
安倍氏が亡くなって、気力を失った人が多いだろうと思っていた。岩田明子氏も、その一人だ。どんなに気落ちしていらっしゃることか、と。