文春の流儀⑯ 週刊誌と女性記者④ ライバルを出し抜く

2019-10-25 | 本/演劇…など

文春の流儀 ⑯
 週刊誌と女性記者④ ライバルを出し抜く  
木俣正剛
  中日新聞夕刊 2019/10/24

 和歌山カレー事件で、深夜に上司との電話の途中、寝込んでしまった森下香枝記者が翌日、どうしたか。早朝からチームで集まり、昨夜の私とのやりとりをもとに、タイトルになるべき点、さらに裏付けするべき点を議論し、締め切りまでの最後の1日を深夜まで取材していました。
 森下記者の見立てと事実関係が違うと思う記者は、徹底的に反論する。それが数時間に及んだこともあったそうです。ジャーナリズムのあるべき姿を実践すれば結果がでるということでしょう。
 スクープ記事が出るのは、取材の成果だけでもなかったようです。彼女たちはライバル誌を“潰す”のも、仕事だと思っていたのです。
 新たなヒ素被害者が浮上したとき、別の社の女性記者がその家にいるのを発見したそうです。日刊紙の記者だから、このまま放置しておくと、週刊誌が先を越される可能性が高い。そう思った彼女たちは突然、夜の飲み会にその記者を誘い、相手が酔いつぶれるまでお酒を酌み交わし、翌日は、被害者を囲い込んで独占インタビューに成功した、という話まで聞きました。和歌山カレー事件、平成になってからの事件ですが、昭和の高度成長期のオヤジのような競争をやっていたのです。
 私も10週連続で、和歌山カレー事件の担当デスクをしました。編集長に「もう書くことがない」といっても、毎週、雑誌が売れるので「何か記事を書いてくれ」。現場とは、また議論です。「中身のない記事は書きたくない」。堂々と言い張る若い記者たちが、頼もしく思えました。
 和歌山の現場に私も、激励に入ったことがあります。教えてもらったチームの定宿にタクシーで乗り付けると、大勢の男性がタクシーを取り囲みました。いわゆる客引き。周囲は、いわゆるソープランド街でした。全国注目のこの事件は新聞、テレビの取材部隊が常駐しているので、週刊誌が予約できるのは、そこの宿しかなかったのです。
 彼女たちが朝、ホテルを出るときは、ソープ街のアンチャンたちから「今日もガンバレヨー」と声援を受けながら、颯爽?と出かけていったそうです。
 ああ、これからは女性の時代だ、と実感したのですが、それから20年。ここに名前を書いた女性たちは契約記者で、文春では社員にならずじまいでした。文春には、女性役員もまだいません。非正規雇用問題と女性雇用問題は、雑誌の不振の原因にもなっているように思えてなりません。
きまた・せいごう=文芸春秋元常務取締役。岐阜女子大副学長。

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
――――――――――――――――――――――――
文春の流儀 ⑮ 1998年発生の通称・和歌山カレー事件は、男性の独壇場と思われていた事件現場で、女性記者たちが… 


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。