秋山賢三さんに聞く 徳島ラジオ商殺しの不可解 検察と裁判所の癒着、構造的な欠陥 法壇の高さ

2009-07-13 | 裁判員裁判/被害者参加/強制起訴

【社説】中日新聞
裁判員の「市民の目」とは  週のはじめに考える 
2009年7月12日
 裁判員裁判がいよいよ始まります。市民の常識を司法にという期待の半面、人を裁くことへの裁判員の不安はもっともです。一緒に考えてみましょう。
 元裁判官で今は弁護士の秋山賢三さんに話を聞きました。戦後の著名冤罪(えんざい)事件のひとつ、徳島ラジオ商殺しの再審開始決定に陪席裁判官としてかかわった人です。こう言います。
■ラジオ商殺しの不可解
 「被告の冨士茂子さんは夫と包丁を奪い合い十一カ所の傷を負わせて殺害したとして懲役十三年に処された。でもね、自分の顔や手、体の正面部に格闘傷がない。元海軍軍人の夫を相手に小柄な茂子さんが無傷ですむはずがない。ここに裁判官が疑問を持って検討したのなら結論は違ったでしょう。そういう常識的な事実認定こそが市民に期待されているのです」
 では、当時の裁判所はどうして間違えたのか。あるいはわざと見なかったのか。そこには長く築かれてきた検察と裁判所の癒着のようなもの、すなわち構造的な欠陥すら推察されます。一般に検察官は自白調書とそれを裏付ける豊富な証拠をそろえて提出します。無理やりとった虚偽の自白だとしても、それを補完する形の証拠類をずらりと並べられれば誤りでも本当に見えてしまう。足利事件でうその自白が当時は新鋭のDNA型鑑定で補強された事例は記憶に新しいところです。
 法廷で被告や弁護士がいくら無実を訴えても、職業裁判官は逆に「だまされないぞ」という観念にとらわれ、有罪の方へと傾斜しがちなのだそうです。すると被告はあきらめるしかありません。絶望の内に無実の叫びをのみ込むのです。
 十人の真犯人を逃がすとも一人の無辜(むこ)の人を罰してはいけない
 米欧刑事裁判の哲学です。魔女裁判や幾多の誤判の歴史とそれに伴って培われてきた人権思想が到達した理念です。
■冤罪を生まないために
 要は冤罪を生まないことです。
 でも真犯人がまんまと逃げおおせるのは許せないし、もしそうなら社会の治安は低下してしまう。そういう心配はだれもが持つでしょうが、ではどう考えたらいいのか。秋山さんは少し考えてこう答えました。
 「真犯人が逃げれば治安は保てない。それは確かだ。でもその不安を一億人全員がいっしょに持つのなら不安は一億分の一になる。冤罪を一人たりともつくらないとは、たとえばそういう考え方をすることです」
 この説明は一般に社会規範意識の強い日本人にはある種の変化を迫るものかもしれません。でも、もし自分が冤罪被告だったらと考えてみてほしいというのです。
 昭和三年十月二十三日、大分地裁で日本初の陪審裁判が開かれました。三十歳代の工場職長が年上の愛人女性の心変わりに怒って包丁で刺し重傷を負わせた事件で、読み書きや納税の条件を満たした陪審員十二人が選ばれた。裁判長は、有罪または無罪と心の中で決めてしまってはいませんね、と確かめたあと、法廷で被告の犯行時の酒量や包丁の持ち方を調べたり、証人尋問を行ったそうです。焦点は殺意の有無。陪審の評議は殺意なしで、被告は懲役六月の判決を言い渡された。当時の市民の常識では、検察官の描いていた殺人未遂ではなく、傷害罪程度という判断だったのでしょう。日本の陪審は戦時中まで続き、約四百八十件のうち約八十件が無罪判決でした。
 秋山さんは著書(「裁判官はなぜ誤るのか」岩波新書)で裁判官に対する十戒を提案しています。いわく(1)「『法壇の高さ』を意識せよ」。判事から弁護士になって目前にそびえる法壇の圧迫感に気づいたそうです。壇上からは高くて被告の表情もよく見えない。そこで壇の高さを意識せよ、が一番目の戒め。
 続けて(2)「疑わしきは被告人の利益に」を実践する(3)秩序維持的感覚(前科などへの予断)を事実認定の中に持ち込まない(4)「人間知」「世間知」の不足を自覚する(5)供述証拠を安易に信用せず、その誤謬(ごびゅう)可能性を洞察する(6)公判廷における被告人の弁解を軽視しない(7)鑑定を頭から信じこまない(8)審理と合議を充実する(9)有罪の認定理由は被告人が納得するように丁寧に書く(10)常に「庶民の目」を持ち続ける。
■裁判官の十戒ですが
 十戒は裁判官へ贈るものでしたが、裁判員にも無論役立ちます。裁判員制度に反対という人は、職業裁判官ゆえに陥る旧弊もあると考えてみてはどうでしょうか。十戒の最後にいう「庶民の目」とは裁判員の皆さん自身の目です。不安ばかりを思うよりも、むしろ自信を持って法廷に臨んではどうでしょうか。

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です *強調(太字)は来栖


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