なぜカタギの不動産屋を手に掛けたのか 伊勢原駅前再開発の「10億円利権」〈永田町の黒幕を埋めた「死刑囚」の告白(8)〉
“永田町の黒幕”こと斎藤衛の殺害を告白した指定暴力団「矢野睦会」の前会長・矢野治死刑囚(67)。さらに彼は、「もう一つの殺人」の存在を明かした。新宿・歌舞伎町で不動産業を営んでいた津川静夫さん(失踪時60歳)の殺害に関与したのだという。
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獄中から殺人を告白した矢野死刑囚
津川さんの事件について、矢野は手紙で以下のような告白を行っている。
〈96年8月頃、私、矢野治は、知り合いの住吉会系のある組の頭(若頭)から、「殺したい男がいる」と相談を受けました。相手は伊勢原駅前にある不動産物件のオーナーで、所有権や再開発をめぐり、頭と紛争になっているとのことでした。(略)そこで私は、五分の兄弟分だった同じ幸平一家の組の組長(2014年死亡)に、この男の殺しを依頼したのです〉
また手紙には、斎藤衛のケースと同様、元矢野睦会の結城実氏(仮名)が津川さんの遺体処理役を担ったともある。実際、本誌(「週刊新潮」)が接触した津川さんの妻の証言と照らし合わせると、結城氏は実行に関わった者にしか知り得ない“秘密”を把握していた。
そんな結城氏に対し、本誌の報道を受けた警視庁は任意聴取に着手。目下、暴力団事件を扱う本部の組織犯罪対策第四課が連日のように、彼に対する事情聴取を続けている。
では、津川さんはなぜ殺害されねばならなかったのか。
■一攫千金を狙ったが……
小田急線伊勢原駅。北口を出ると、駅前の一等地に8階建てのビルが聳え立っている。しかし築40年を超えたビルの壁面は黒く煤け、テナントは一つも入居しておらず、廃墟も同然の態である。津川さんが経営する会社は、この幽霊ビルの底地を所有していた。
彼が約350平方メートルのこの土地を競売で落札したのは、1982年に遡る。津川さんの知人が語る。
「当時の公示価格で2億5000万円もした土地を僅か2309万円で落としました。これを転売し、一攫千金を狙おうとしたのです」
しかし更地でなければ、高く転売することはできない。先述の通り、ここには上物が建っていた。しかも当時のビルのオーナーは借金漬けの状態だ。ビルは、総額6億円近い借金の担保に取られていたのである。
底地を更地にするためには、まずビルのオーナーに土地の賃貸契約の解除を通告し、各テナントを退去させる必要がある。そのうえでビルのオーナーと、建物の収去と土地の明け渡しを求める交渉を行わねばならない。これがうまくいけば、土地所有者の負担でビルを解体する運びとなる。
むろん、このビルを担保にオーナーに金を貸している債権者たちは、それ相応の回収ができなければ、ビルの解体には納得しまい。
「ビルオーナーとテナントに立ち退き料を払い、債権者からも権利を買い取るなどしないと、承諾を得られません。権利を整理するのが難しいと思って、ほとんど誰も競売に参加しなかったから、破格の値段で競落できたのでしょう」(不動産取引に詳しい司法書士)
■“市が10億円で買い取ってくれる”
案の定、金銭面で折り合わず、交渉は暗礁に乗り上げた。津川さんは土地取得の翌年、まずテナントに退去を求める民事裁判を提起。その間、ビルの所有者が代わったが、この新オーナーに対しても、土地の明け渡しを求める訴訟を起こした。
この所有者もビルを担保に次々、借金を重ねていた。登記簿謄本を見ると、最大で総額4億円近い抵当権や根抵当権が設定されている。
津川さんはこうしたビルオーナーたちを相手に、いつ終わるとも知れぬ訴訟を戦っていたわけだ。
この裁判をめぐり、彼に光明が見えてきたのは94年2月のことである。二審でテナント、オーナー双方に勝訴したのだ。被告側はいずれも最高裁に上告したが、控訴審判決が確定するのは間違いないものと思われた。先の知人が振り返る。
「この時点で津川さんは、ビルの解体費用の見積もりを取っています。4600万円ほどかかるとのことでした。当時、会社の運転資金にも窮していた彼は、この金策に走り始めたのです。すでに90年には、あの土地を含む駅前一帯は伊勢原市主導による再開発計画が決定しており、スーパーなどの商業複合施設やホテル、マンション、新しい道路が造られることになっていた。津川さんの土地も市道になることが決まっていて、本人は“市が10億円で買い取る話が進んでいる”と興奮気味に語っていました」
■瀬古利彦を騙した地面師
ゴールが見えてきたことで、津川さんは金策に躍起になる。この時、彼が知人の紹介で出会ったのが、同じ歌舞伎町の金融業者である。相手は津川さんの計画に飛びつき、金主探しを請け負った。関係者が明かす。
「この金融屋そのものがたちの悪いやつでね。昔、マラソンの瀬古利彦が、自宅新築用の土地を買おうとして、地面師に騙された事件があったでしょう。あの地面師グループの主犯ですよ」
瀬古の事件は、98年に発生した。神宮外苑近くの駐車場を、地面師たちが自分たちが仲介する土地のように装い、彼から手付金として4000万円近くを騙し取った事件だ。この件で、金融業者は逮捕され、懲役10年の実刑判決を受けた。
ともあれ、当時、この金融業者が、ビル解体費用や会社の運転資金を貸してくれる融資先として、津川さんのもとに、旧知の間柄の人間を連れてきた。94年9月、津川さんは、当面の資金として、この人物から3回に分け、1700万円を借りる。これが、彼の後の運命を狂わせる岐路となった。なぜなら、この金主こそ、矢野が手紙で明かした、津川さん殺害の首謀者という、住吉会系の若頭だったからである。
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(9)へつづく(2016年3月17日(木)掲載予定)
「特集 永田町の黒幕を埋めた『死刑囚』の告白 第3回 伊勢原駅前再開発『10億円利権』でカタギを手に掛けた」より
週刊新潮 2016年3月10日号 掲載 ※この記事の内容は掲載当時のものです
◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です
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◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(10)警視庁が捜索を始めた死体遺棄場所『週刊新潮』2016/3/17号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(9)カタギ「津川静夫」さん殺害の背景 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(8)10億円利権でカタギを手に掛けた 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(7) 遺族証言と一致 実行犯・秘密の暴露『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(6)「斎藤衛」とは別の、もう一つの殺人『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(5)『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 矢野治死刑囚の告白 (3)(4)結城実氏「リュー一世(斉藤衛)を遺棄した経緯」週刊新潮2016/2/25号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(1)(2) 週刊新潮2016/2/25号
◇ 「他の人物も殺害した」前橋スナック乱射事件の矢野治死刑囚が警視庁に文書提出 平成26/9/7付
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